社交的な運転手

 

先々週ぐらいでしたでしょうか、紅葉坂の交差点付近からタクシーをつかまえ、
乗車したところ、
「ご乗車ありがとうございます。
わたくし、○○交通の△△と申します。よろしくお願いいたします。
タクシー運転手になりたてで、道がよく分からないものですから、
こんなことを申し上げて恐縮ではございますが、
教えていただくと、たいへん助かります」
と、告げられた。
「そうですか。分かりました。とりあえず国道一号線に出ていただいて、
西平沼橋の交差点を左に曲がってください」
「はい。分かりました。あの交差点、西平沼橋というんですね」
「ええ。そうです」
「申し訳ございません。なりたてなもので…」
「いえいえ。たいへんですね」
「いえ。業種は違えど、前の仕事も、接客といえば、接客でしたから」
「そうですか」
「はい。社交ダンスの教師をしておりました」
「は!? 社交ダンスの教師?」
「はい」
「社交ダンスの教師を。それでこんなに社交的…」
「ははは。お客さん、お上手」
「いや。ことば遣い、物腰がやわらかく、
気持ちのいい社交的な運転手さんだと思ったものですから。そうですか。
社交ダンスの教師を」
「はい。社交ダンスは、密なるダンスなもので。
それが三密とかいわれ、密を避けよと高らかに喧伝されると、商売になりません」
「なるほど」
「はい。この道は、しばらくまっすぐでよろしいですか?」
「あ。すみません。運転手さんのお話に、つい聴き入ってしまいました」
「恐れ入ります」
「いえ。はい。左車線をしばらくまっすぐ進んでください」

 

・迷い入る人馬もろとも雪女郎  野衾