珈琲の本

 

宗教は往々人を酩酊させ官能と理性を麻痺させる点で酒に似ている。
そうして、
コーヒーの効果は官能を鋭敏にし洞察と認識を透明にする点でいくらか哲学に似ている
とも考えられる。
酒や宗教で人を殺すものは多いが
コーヒーや哲学に酔うて犯罪をあえてするものはまれである。
前者は信仰的主観的であるが、
後者は懐疑的客観的だからかもしれない。
芸術という料理の美味も時に人を酔わす、その酔わせる成分には前記の酒もあり、
ニコチン、アトロピン、コカイン、モルフィン
いろいろのものがあるようである。
この成分によって芸術の分類ができるかもしれない。
コカイン芸術やモルフィン文学があまりに多きを悲しむ次第である。
コーヒー漫筆がついついコーヒー哲学序説のようなものになってしまった。
これも今しがた飲んだ一杯のコーヒーの酔いの効果
であるかもしれない。
(『こぽこぽ、珈琲』河出書房新社、2017年、p.44)

 

く~! きざだね~!
ま、
寺田寅彦だから許してやるか。
文の終わり方がきざだとは思いますが、
引用した箇所前半の
「コーヒーの効果は官能を鋭敏にし洞察と認識を透明にする」
ということに関してはまったく同感です。
本を読んでいて
(とくに論理的であることを信条にしているような本を読んでいて)、
少々疲れてきたな
と感じ始めた頃合いに手に取る本、
というのがいくつかありまして、
『こぽこぽ、珈琲』は、そのなかの一冊。
31篇のコーヒーにまつわるエッセイが収録されている。
手に取ってぱらぱらめくり、
指の勢いにまかせ、指の気分で止まったところのページに目を落とす。
まえに読んだ文でも気にしない。
引用した文を含む寺田寅彦のエッセイのタイトルは、
文中にも出てきた「コーヒー哲学序説」で、
岩波文庫『寺田寅彦随筆集 第四巻』から採られています。
さてと。
わたしも、ここらで珈琲を淹れるとするか。
く~!

 

・もういいかい暮れゆく冬のかくれんぼ  野衾