母のふた言

 

秋田に帰省した折、腰痛のある母の腰に、朝晩、灸をすえてあげました。
いやがるかなと思いましたが、
そんなことはなく、
わたしが指示する通り、腰のあたりの衣類をはだけ、
おとなしく、
床に俯せになりました。
首の下に二つ折りにした座布団をあてがい。
背骨の横に左右二個ずつ、
合わせて四壮。
あまり熱くて我慢できなかったら、熱いと言ってよ、と告げ、
おもむろに艾に火を点け、一個、二個、三個、四個。
燃えた艾のいい匂いが部屋中に漂います。
と、
「イデイデイデ」
「イデ」は秋田弁で、痛いの意。
いそいでお灸の位置を少しずらしました。
そのとき、
へ~、おもしろいな、と思いました。
事前にわたしが母に告げたのは、
熱すぎたら熱いと言いなさいということだったのに、
母の口から発せられたのは、
「イデイデイデ」
熱いも、冷たいも、辛いも、その他のことでも、
度が過ぎると、
暑さ、冷たさ、辛さを超え、
痛みとなって感じられるのは、体も心も同じ。
我慢できるところまで我慢したけれど、もうこれ以上は、というところでの
「イデイデイデ」
きわめて正確に発せられた、それは言葉でありました。
そんなことを、
ぼんやり、
つらつら考えているうちに、
艾の煙はやがて収まり。
さて、
もう一つの母の言葉は、
わたしのなかで、
すこし寝かせておいた方がよさそうです。

 

・冬の月破つてみたき薄さかな  野衾