読者カード

 

矢内原忠雄『土曜学校講義』(みすず書房)の『ダンテ『神曲』』を古書で求め、
このごろ毎朝読んでいますが、
二冊目の煉獄篇に読者カードが挟まれていました。
名前、年齢、住所のほかに、
購読している新聞名、最近買った書物など、青いインクで記されています。
インクの青がやや黒く変色しているところに、
経過した時間の長さが感じられます。
「本書についての御感想」の欄だけが空白になっており、
おそらく、
読み終ってから投函するつもりのところ、
なんらかの理由で、
そのままになったものと思われます。
職業の欄には学生、
年齢は19歳と書かれています。
この本は1969年10月15日に第1刷が発行されています。
その年に買ったものかどうか
までは分かりませんが、
読者カードの葉書の差出有効期限が昭和45年(1970)2月28日、
となっていますから、
1969年10月15日から1970年2月28日までのあいだに買った
ものであろうと想像します。
ひょっとしたら、
本を買ってすぐに書き込めるところを書き、
読み終って感想を書いて出そうとしたときには差出有効期限が過ぎていた、
と、
そういうことかもしれません。
いろいろ想像がふくらみ、
読者カードに記載されていた名前で調べてみました。
ちょっと珍しい苗字の方です。
同姓同名ということもありますから、
断定はできませんが、
1969年から1970年ごろに19歳であること、
通っていた大学の寮の名称、
矢内原忠雄への興味関心
(読者カードの「本書読了後、つづいてどんな本を読みたいとお考えですか?」
の質問に対して「矢内原忠雄全集」と記入されています)
から、
おそらくこの人だろうと思われる方が見つかりました。
その方はいま、
ある幼稚園の相談役をされており、
キリスト教の教会で講演をされたりもしておられます。
どういう経緯でその方の本がわたしのもとへ来たかは分かりません
けれど、
本は旅人、人生は旅であると改めて感じます。

 

・おとなしき冬日をただに暮らしけり  野衾