ヤッシャ・ハイフェッツ

 

中学時代の音楽担当は、小林恒子(こばやし つねこ)先生。
拙著『文の風景 ときどきマンガ、音楽、映画』
に、
先生の思い出を取り上げましたが、
ほかにもいくつか忘れられないエピソードがありまして。
一年生のときだったでしょうか、
聴いた途端、
のけぞったことがありました。
サラサーテというひとが作曲したツィゴイネルワイゼン。
サラサーテ、
ツィゴイネルワイゼン。
音楽の衝撃とともに覚えましたので、以来、忘れたことがありません。
その後、
高校、大学を経て社会人となり、
ときどき耳にすることがありました。
なつかしく、
ただなつかしく。
あるとき、ふと、疑問が湧いてきました。
恒子先生が聴かせてくださったツィゴイネルワイゼンは、だれのものだったろう。
その疑問が湧いてからというもの、
それまでなつかしい気持ちで聴いていたツィゴイネルワイゼンが、
ちょっとちがって聴こえてくるようになった。
母をたずねて三千里、
はたまた、
名探偵コナンの、真実はいつもひとつ、
とでもいうのか、
恒子先生が教えてくれたツィゴイネルワイゼンの衝撃の度数を知りたくて、
事あるごとに耳を澄ませた。
ちがう。
ちがう。
これではない。これもちがう。
何年、いや、もっと。
あるとき、
ラジオだったか、なんだったか、
とんと忘れてしまったけれど、
息が止まるように感じた。こ、これだっ!!
ヤッシャ・ハイフェッツ。
きいたことのない名前。
しかし、
記憶のなかのツィゴイネルワイゼンの衝撃にぴたりと一致した。
恒子先生が聴かせてくださったのは、
これにちがいない。
まちがいない。
そう信じていますが、
真実かならずしも事実でないように、
そうでなかったかもしれません。
ただ、
ヤッシャ・ハイフェッツが演奏するツィゴイネルワイゼンは、
あのときの衝撃をたしかに再現してくれます。

 

・田仕事を生きて楽しも初穂かな  野衾