白川さんの遺言

 

『字統』『字訓』『字通』の字書三部作を放った白川静さんが、
亡くなる寸前まで執筆していた字書が、
今年九月に刊行されました。
それが『漢字の体系』
字書の古典といえば、
中国後漢の時代に著された許慎の『説文解字』がつとに有名で、
どの漢和辞典を見ても
『説文解字』に触れていない辞書はありません。
ところが白川さんに言わせると、
『説文解字』はじつに誤りが多い。
それには大きく二つの理由があって、
一つは、
「文字成立当時の資料である甲骨文・金文が地下に埋蔵されたままであった」
こと。
もう一つは、
「漢代の学者には、文化史的な時代の推移を洞察することはできなかった。
人情は古今同じとする考えがあって、
今を以て古を解することの誤りに気づかなかった。
「天地人三才を貫く者は王」とする考え方は、
漢代の天人合一を背景とする解釈で、
古代の王は、ひたすらに天帝に仕えるものであった。」
字書巻頭にある「本書の編集について」から引用しました。
とくに白川さんが、
『説文解字』は誤りが多いことの理由に挙げた二つ目は、
これまでの字書でもたびたび触れられていましたが、
ここにはっきりと記されており、
本文の一文字一文字の説明においても、
説文解字の解釈と白川さんの解釈が並べて記述されています。
このことを踏まえて、
文字を根本からとらえなおす必要がありそうです。
白川さんの遺書として
『漢字の体系』を読みたいと思います。

 

・雪の朝弟と立つ空の峰  野衾