関係性の飛沫

 

毎週火曜日の夜は、
テレビのクイズ番組を見ながらの夕食ですが、
きのう、
あることに気が付きました。
新型コロナの影響で、
以前のものを再放送したり、
いま現在のものはオンラインによるものでしたが、
オンラインによるものは、
ライブ感はあるものの、
どうもイマイチおもしろくない。
なんでだろうと、
テレビ画面を見ながらしばらく考えましたが、
解答者同士の横のつながり、
たとえば、
だれかが変な答えを言ったときにちょっと横を向いたり、
プッとふき出したり、
妙なつばぜり合いをしたり、
そういう、
ことばによらないところの関係性が
遮断されているせい、
ではないかということに思い至りました。
感染防止のための飛沫遮断は、
ひととひととの微妙な関係性まで
断ち切ってしまいかねない、
逆にいえば、
テレビのクイズ番組でわたしが見ていたのは、
珍妙な解答のおもしろさ
も然ることながら、
それ以上に、
その場の空気の変容の様
だったのかなぁと。
テレワーク、オンライン授業がふつうのことになっている今、
あらためて、
ひととひとが直に、共に、いることの意味
が問われているようにも感じます。
ひととひととの「直(じか)」の関係
を、
恩師である竹内敏晴は生涯問いつづけました。
弊社から、
竹内敏晴と木田元の『新版 待つしかない、か。 身体と哲学をめぐって
の対談本を出しています。
初版が2003年、新版が2014年、
すこし時間がたちましたが、
いまを読み解くヒントがいくつもあり、
おススメです。

 

・猖獗の字を覚えたり春の闇  野衾