人を知るには

 

ことわざに「馬には乗ってみよ 人には添うてみよ」
というのがありまして、
まえに勤めていた出版社にいた方がよく口にされていました。
なつかしい。
馬の良し悪しが、馬に乗ってみなければ分からないのと同じように、
人の良し悪しは親しく付き合ってみなければ分からない。
わたしが伝記を好むのは、
このことわざのこころに近いところがあるようです。

 

本篇にはアレクサンドロス王の伝記とポンペイユスを破ったカエサルの伝記を収める
わけだが、
このふたりについて伝えられる事績の多さにかんがみて、
あらかじめひとつだけ読者にお願いしておきたいことがある。
それは、
本篇が名高い事績のすべてを網羅せず、
またひとつひとつの事績についても細部にわたって描き尽くさず、
むしろほとんどを要点のみの記述にとどめるとしても、
どうか私を責めないでほしいということである。
私が書こうとするのは歴史ではなく伝記
であり、
そして人の徳や不徳というのは、
必ずしも広く世に聞こえた偉業の中に顕われるわけではなく、
むしろちょっとした行動や言い草、
あるいは冗談のようなものが、
数万の死者を数える合戦やまれに見る規模の戦陣や都市包囲よりも、
いっそうはっきりと人の性格を浮き彫りにする
場合がしばしばある。
それゆえ
ちょうど肖像画家が人物を写そうとするときに、
その人の性格の滲み出ている顔や目付きに力点を置き、
それ以外の部分にはほとんど注意を払わない
ように、
それと同じように私には、
偉大な功業や戦争のことは他の人にまかせて、
むしろ心性の表徴となるものの中に分け入り、
それをもとにふたりの生涯を描き出すのを許してもらいたい。
(プルタルコス[著]城江良和[訳]『英雄伝 5』京都大学学術出版会、2019年、
pp.4-5)

 

このようなプルタルコスさんの考え、方針は、
これまでの巻にも記されていましたが、
大王と称され、
歴史の教科書に黒い太い文字で書かれていたアレクサンドロスさん、
それと、
「ブルータス、お前もか」のカエサルさん
について言われると、
なおいっそう、
歴史と伝記の違いと特徴が際立つように思えます。
この本を読みすすめていると、
人間と人生の妙を知る歳のいったおじいちゃんから話を聞くような、
そんな風な感想がもたげてきます。

 

・初日さす薄きご縁の浅からず  野衾