一冊の手書きの本

 

伝記を読むと、とくに、日記や書簡を多く取り込んでいるたっぷりした伝記を読むと、
時代と国を超え、とりあげられた人の人生に寄り添っていく、
そんな気持ちにさせてもらえるわけですが、
いまは、
ルイス・キャロルさんこと、
チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンさんの人生に同行しています。

 

ダックワースとぼくはリデル三姉妹とゴッドストウめざして川を遡る遠足に出かけた。
ゴッドストウの岸辺でお茶を飲み、
クライスト・チャーチに再び帰ったときには八時を三十分まわっていた。
そして
みなで子どもたちをぼくの部屋に連れていき、
マイクロ写真(原注*チャールズが撮った写真の巧妙なミニアチュア版で、
時に小さな象牙色の望遠拡大透視装置の中に仕掛けてあり、
覗くと写真が浮かびあがるようになっている)
のコレクションを見せてあげた。
ちょうど九時前に子どもたちを学寮長邸宅にお返しした。
[一八六三年二月十日、
チャールズは反対側の白紙のページに次のように覚書を書き加えている。]
この折に、
ぼくは子どもたちに『アリスの地下の冒険』というおとぎ話を語って聞かせた。
ぼくはアリスのためにこの話を清書すると請け合い、
いま書き上げたところだ……
(モートン・N・コーエン[著]高橋康也[監訳]安達まみ/佐藤容子/三村明[訳]
『ルイス・キャロル伝(上)』河出書房新社、1999年、pp.164-5)

 

清書されたおとぎ話、さらに一冊の手書きの本が、ひとりの少女の依頼によって書かれ、
世紀を超えて読みつがれる本に成長していくなど、
この時点では本人をふくめ、
だれにも予想することができませんでした。
ひとりの少女とは、
アリス・リデルさん。
一冊の手書きの本とは『アリスの地下の冒険』。
のちに書名を変え『不思議の国のアリス』として出版されることになります。

 

・樹のむかし空のむかしや秋の風  野衾