世、世の中

 

世の中といえば、世間、社会、この世、いろいろな意味がありますが、
男女のなからい、愛情についてもいうようで、
たとえば『新古今和歌集』1365番

 

いづ方にゆき隠れなん世の中に身のあればこそ人もつらけれ

 

の「世の中」は、
男女の仲、夫婦の間柄として詠まれ、
読まれます。
遠くシェヘラザードが千夜一夜にわたって語りつぐ『アラビアンナイト』でも、
その多くは、
命懸けの冒険を通じてようやく結ばれ、
死が二人を別つまで幸せに暮らしたというもので、
これもまた
男女の仲、夫婦の間柄が「世の中」
ということになりそうです。
世、世の中の「よ」が
竹の節《ふし》を示す節《よ》から派生した、
の解釈、説明は、
『竹取物語』との連想からいって面白く感じます。

 

よ【世・代】
竹の節ふしと節とに挟まれた間を表すヨ(節)から転じて、
生まれてから死ぬまでの、
区切られた、
限りあるものととらえた人の一生を表すようになった語と思われる。
竹はいくつものヨに区切られつつ長く続いているが、
人のヨも過去・現在・未来と区切られつつ続いている
ものととらえられた。
ヨは人の一生の意味から、
特定の支配者の生きている間、治世の期間、
人々が生きて生活する日々・年月・時代などを表すようになる。
一方、
一生の意味から、
人が生きていくうえでかかわりをもつ世界や人間関係、世の中へと、
意味が広がっていった。
人が生きていく世界はさまざまの側面を有するので、
それによって意味が分化するが、
いずれの場合も
人々の動きによって展開する世界であり、
単なる静的空間ではない。
人がもつかかわりの中でも特に重要なのが男女の関係であるが、
ヨが男女・夫婦の仲を表すのは中古以降である。
(大野晋[編]『古典基礎語辞典』角川学芸出版、2011年、p.1286)

 

・窓外の秋に見とれる母の背な  野衾