ふるさとを歩く

 

例年、八月にしているところ、ことしは進めておきたい仕事があったりで、
今月半ば、ようやくの帰省となりました。
実家の稲刈りは終っていましたが、
刈り入れの済んでいない田んぼが少なくなく、
風にゆれる稲穂に郷愁を誘われることしきりでありまして。
このごろの楽しみの一つに、
帰省しての散歩、ウォーキングがあります。
家からバス通りに出、左に折れれば井内方面、右に折れれば、旧小学校への通学路。
さてと。
というふうに歩き出す。
見慣れた風景ではありますが、
子どもの頃も含め、
いまほどじっくり味わいながら歩いたことはなかった気がします。
年を重ねたからこそかもしれません。
風と光が千変万化し、
ほーと息が漏れます。
仲台、寺沢、大麦、葹田、赤沢、八田大倉、坂本、大野地…
一歩一歩景色に見とれ、
穫れ立て炊き立ての新米をいただくように歩く。
はじめての細い道があり、
へ~、この道、こことつながっていたのか、
なんてことも…
思い出した。
農道をてくてく歩いていたときのこと、
はるか遠くに豆粒ほどの大きさの自転車を押してくる老人の姿がありました。
わたしも歩く。
だんだん近づいてきたとき、
あ!
ぱたり自転車が倒れた。
老人は自転車を起こすことなく、傍の縁石に腰かけた。
すぐそばまで辿りついたので、
「自転車、起ごしましょうか?」
と尋ねると、
「んにゃ。まだ、倒れるがら…」
との返事。
「あんだ。どごの人だ?」
と老人。
「はい。仲台のススムの息子のマモルです」
「ああ。そうですか。いづもいづも孫が世話になりまして…
今度、結婚するごとになりました。
そうですか…」
老人はどうやら、
わたしと弟を間違えているようだ。
しばらく、
よもやまの話をした後、
もう一度、
「自転車、起ごしましょうか?」
今度は、
「んだば、起ごしてもらうがな」
と言うので、
自転車を起こしてあげた。
老人は、
「どうも」とひとこと言って、帽子を取り一礼、
また自転車を押して遠のいていった。
さくら駅まで行くと言っていたけれど…
井内の人か、
はるばる大台からやってきたのか、
駅まで自転車を押して行ったのだろうか。
自転車の前の籠に小さなバッグが入っていたけれど…

 

・稲穂揺るる少年の六十年  野衾