『サリヴァンの生涯』

 

サリヴァンは遺伝対環境という思弁を一度もしていない。
子供の知能を別の文化複合に属する有利な人々が工夫した仕掛けで測定する
などということは、
サリヴァンには無意味に思えたのである。
貧困とか子どもを縛る慣習とか学校で学ぶ機会が限られている現状とか、
たまたまそこに生れたという地理的偶然の結果とか、
その子を取り巻く紋切り型の言動とか、
そういうものから子供が解放されてから遺伝という変数を検討しても遅くない。
これはサリヴァンが自分自身の生活から理解したことであり、
広い社会に出てから孤独な人たちの観察によっても理解したことだった。
(ヘレン・スウィック・ペリー[著]中井久夫・今川正樹[共訳]『サリヴァンの生涯 1』
みすず書房、1985年、p.105)

 

共訳者のひとりである中井久夫さんの「訳者まえがき」
によれば、
原著は
『アメリカの精神科医――ハリー・スタック・サリヴァンの生涯』
というタイトルであったとのこと。
翻訳書のタイトルを『サリヴァンの生涯』に変更する
許可を求めたのに対して、
ペリー女史は、
「原題よりよい題だ、
サリヴァンの思想は精神医学にとどまるものではないから」
と、
予想外の返答があったことについて
『サリヴァンの生涯 2』の「訳者あとがき」
で触れています。
読んでおもしろく感じる学術書は、
専門領域を超えて伝わってくるものがあり、
ハリー・スタック・サリヴァンの論考は、その最たるものと思うけれど、
そう感じられることの
一つの理由が解き明かされた気がします。
また「訳者まえがき」には、
「本書は、サリヴァンを知る人の伝記としてジョーンズの
『フロイトの人と業績』に相当する位置を持つと思う」
とあり、
訳者の並々ならぬ意気込みを感じます。

 

・恥ずかしく眩しくもあり春の服  野衾