『西遊記』の三蔵法師

 

このごろ電車内で読む本は、
岩波文庫の『西遊記』
10巻あるうちのただいま9巻目。
ふ~。
そろそろ終りが見えてきましたが、
いちばん印象深いのは、
ていうか、
怒りがもたげてくるほどアタマにくるのは、
三蔵法師がどうもダメ人間であること。
どう見積もってもエラいお坊さんとはとても思えません。
妖怪につかまるたびに孫悟空に助けてもらい、
そのときは、
感謝に堪えないようなことを口にするくせに、
しばらく旅をつづけ歩いていると、
たとえば8巻目の終りに近く、
妙齢の女性が木に縛り付けられ嘆いているところに出くわし、
「助けてやれ」
と悟空たちに指示する。
悟空は女性を見てすぐに、姿を変えた妖怪であることを見抜き、
そのことを三蔵に告げた
にもかかわらず、
三蔵は「この馬鹿ザルめ」
とかなんとか罵倒(ヒドい! ヒドすぎる!)
して、
有無を言わせず、女性の体を縛っていた縄をほどかせる。
かつて玄奘三蔵の『大唐西域記』を読んでいた
からよかったようなものの、
そうでなければ、
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」
のことわざどおり、
エラそうなことを言いやがってこのろくでなし!クソ坊主が!
と、
大っ嫌いになっていたかもしれない。
冷静になって考えると、
三蔵法師がそんなふうに描かれているために、
それだけいっそう孫悟空は魅力的に思えてきますから、
作者の狙いはそこにあったか。
孫悟空は、
『ラーマーヤナ』にも登場する猿の神ハヌマーンの影響のもとに造形された
とも言われていますから、
民俗における伝統と信頼が圧倒的だった、
ことの証かとも思えてくる。
ともかく。
これから結末までの間に、
三蔵法師のイメージがいささかでも修復されることを願うのみ。
きょうから三月。

 

・春宵の景少年の六十年  野衾