根本敬の本

 

・ふるさとの山の笑ふを待ちてをり

漫画家・根本敬のエッセイ集『電氣菩薩』がむちゃくちゃ面白く、いまはコレ。『電氣菩薩』は『因果鉄道の旅』の続編ともいうべきもので、タイトルにあるとおり、因果者たちの織り成す『場』をていねいにつむいで行く。そのプロセスに飛躍がなく、いっしょに歩いていたら、とんでもない処に来てしまっていた、でもそこは、また来る過程で見た起きたもろもろは、世間相場とはちがっていても、そうでしかありえないほどの磁力をもって、そうなっていたのだとしか思えない。
パリ人肉事件が起きたとき、根本の言葉で言えば、「捏造された宇宙人写真における宇宙人の如き佇まいを見た瞬間、衝動的にパッと佐川という人に対して手が伸び、心臓の部分てえか中心をギュッと鷲掴みしてしまった。…「善」も「悪」も、「白」も「黒」も越えているってえか関係ない。…」と思ったものの、「どうしたら良いかは解るはずもなく、それから13年間ただ、ただギュッと握ったままにしているより術はなかった。」
ここのくだりが泣けてくる。だれに甘えることなく、アタマの権威に寄りかからず思考と思索が廻っている、13年間ただ、ただギュッと握ったまま。のちに唐十郎が『佐川君からの手紙』で芥川賞を受賞しても、本屋で本をパラパラめくる程度で、買ってまで読もうとしなかった。なのに、結婚を決めて東京を離れ横浜に住もうと移り住んだら、目と鼻の先にパリ人肉事件の佐川一政が住んでいた! まさに因果であり、ほしであり、『場』なのだ。とにかくこんな面白く、つぎつぎ色んなことを感じさせられ、思わされ、考えさせられる本は久しぶり。ページに漂っている空気感がたまらない。

・春風やかたき蕾のほころべり  野衾