笑い声

 

・廻る季やバントンタッチの虫の声

元住吉の鍼灸院での話。
六、七年ほど通っているので、
先生とすっかり親しくなり、
だけでなく、
お客さんのなかにも
声だけですが、
いつの間にか親しくなった人がいます。
カーテンで遮蔽されただけの空間にベッドが置かれ、
そこで療治してもらいますから、
声はとってもよく聴こえるのです。
いつものAさんが
隣りに入りました。
きょうは十時からなのでしょう。
初めて彼女の声を聴いたとき、
Aさんはまだ中学生。
その後、
高校、短大と進み、
今年就職が決まったはず。
カーテン越しの会話から、
そんなことまで分かってしまいます。
別に悪いことでもありません。
一度だけ、
療治前のAさんとあいさつしたことがあります。
長い付き合いだからでしょう、
Aさんとは先生もリラックスした様子。
ほどなく。
「うちの奥さん変っててね」
「天然なんですよね」
「そうそうそう」
「なんかあったんですか?」
「あったのあったの。こないだ中学時代の同級会があったんだけど」
「ふんふん」
「奥さん何を思ったのか、同級生に向かって」
「ふんふん」
「あはははは」
「先生、笑わないで教えてくださいよ」
「ごめんごめん」
「奥さんが同級会に行って、それからどうしたんですか?」
「ある人に向かって」
「ある人に向かって」
「ところであなたいくつになったの?って」
「え!? 同級生に向かって?」
「そう。おかしいでしょ?」
「おかしい!」
「ね。いくら天然だからっていってもね…」
「そうですね」
「ははははは」
「ははははは」
Aさんの笑う声は中学生のときのままでした。

・八月を歩きここまで来てゐたり  野衾