不舎昼夜

 

ある日の喫茶店。
チャイをたのみ読みかけの文庫本をひらいていましたら、
すぐ隣の席に
スーツ姿の男女が来ました。
「どうぞそちらへ」
中年の男性が、
黒髪の若い女性に窓側の席を勧めました。
ことばづきから会社の上司と部下ではなさそうです。
女性の飲み物を訊き、
じぶんのものとふたつトレーにのせて持ってきました。
男性がたのんだ
カップ満杯のカプチーノには
かわいいハートマークの
ホイップクリームが浮いています。
男性は、
やおらノートパソコンを取り出し、
「それでは面接をはじめます」
ああそういうことだったのね。
耳を澄ませていたわけではありませんが、
手を伸ばせばとどく距離ですから、
細かい話はわからなくても、
おおかたのことは了解できます。
男性が質問し女性が答える。
文庫本に集中しようとするのですが、
申し訳ないと思いながら、
どうも気になる…。
女性が発した「ダブルワーク」なる単語が耳に留まりました。
はっきりと
今の勤めにプラスして
もうひとつ別のところで働きたい旨を告げました。
男性はそのことを受けて条件を示しています。
そのやりとりが
とても印象にのこりました。
受けるほうも雇うほうも、
ひとところで
という前提はもはや無くなっているのかもしれません。
まさに不舎昼夜、
時代は移り変わります。

 

・冬の朝はずむ厨の音をきく  野衾