仕事納め

 

年内きょうが最後となりました。
すでに二十期目に入っており、
来年九月には二十周年を迎えることになります。
第十九期の成績は、
売り上げでいえば十九年間で二番目、
悪くない数字でした。
これもひとえに
ご縁のある方々のご支援の賜物とうれしく思います。
二十周年を期し、
来年は
『春風と野』の小冊子を発行することを考えています。
学術書の出版社であることをつねに意識し、
また教えてもらいながら、
奥邃にならい謙虚を旨として
今後も出版活動を進めていきたいです。
みなさまどうぞよいお年をお迎えくださいませ。

 

・遠寺(えんじ)より梵鐘のこゑ冬ざるる  野衾

 

浪曲子守歌

 

九十八で亡くなった祖父の十八番(おはこ)は一節太郎の浪曲子守歌。
♪逃げた女房にゃ 未練はないが
♪お乳ほしがる この子が可愛い
……
酒が入り上機嫌になると、
祖父は一節太郎ばりに
だみ声で歌い出したものでした。
さてこのごろ藤圭子にはまっているわたしですが、
彼女が歌う浪曲子守歌に
不覚にも涙ぐんでしまいました。
いやぁ、すばらしい!!
両親ともに浪曲師だったといいますが、
この歌を聴いて明らかに
彼女にも浪曲師の血が流れていると思いました。
『流星ひとつ』を読み、
彼女がなぜ引退を決意したかのくだりも
涙なしには読み進められませんでした。
にしても、
どうもこのごろ涙もろい。
加齢!?

 

・山精の棲むとや冬の伊良湖崎  野衾

 

流星ひとつ

 

じぶんで勝手に決めていることなので、
変更は自由なのですが、
いちおう
これから読む本の順番というのがありまして。
ではありますが、
箸休めのつもりで手に取った
沢木耕太郎の『流星ひとつ』(新潮社)
がめっぽうおもしろく、
止められなくなりましたので、
予定は未定
のことばにならい、
こちらを最後まで読むことにしました。
この本は、
宇多田ヒカルの母である藤圭子におこなったインタヴューをまとめたもの
で、
地の文が一切なく
すべてふたりの会話文で構成されています。
宇多田ヒカルの母といわなくても、
藤圭子だけで分かるひとも少なくないでしょう。
話し言葉であるだけに
ちょっとした単語の使いかた、語尾に
その人の特徴が表われ、
目の前で藤圭子が話しているような錯覚に襲われます。
たとえば「別に」、
これを藤圭子はよく使う。
すかさず「また「別に」ですか」と沢木。
「だって、とくべつ強い気持ちがないんだもの」
会話から藤圭子の人となりがあぶり出されてきます。
さすがは沢木耕太郎、
たいしたわざだと思います。

 

・寒夕焼(かんゆやけ)伊良湖の夜を分かちけり  野衾

 

トイレの蜘蛛

 

見つけてから三か月ほどになるでしょうか。
トイレにちいさい蜘蛛が棲んでおり、
脚を入れても体長一センチほど
透明に近い色をしています。
いままで見たことがないきれいなかわいい蜘蛛。
なにを食べて生きているのか。
ちいさいので
いつも見つかるとは限りません。
便器の下やタンクの裏に潜んでいることもあるでしょう。
すがたを見れば、
お、いるね、元気か、なんて。
いつだったか
便器の蓋を開けたら
底にたまった水の中に落ちていたことがありました。
ティッシュペーパーをちぎり
そばへもっていって
紙に這わせ助けてやったことがありました。
蜘蛛の恩返し。
いや、
なにかもらったことは
いまのところありません。
けさは見ませんでした。
どこかにまた隠れているのでしょう。

 

・茶と沢庵と高笑ひする齒莖かな  野衾

 

紙を読む

 

ひと月ほど前、
横浜線の電車に乗っていたときのこと、
盲導犬に曳かれた初老の男性が乗り込んでき、
わたしの向かいのシートに座りました。
犬は男性の足下にうずくまりおとなしくしています。
男性は背中のリュックを下ろし、
なかからA4判の紙の束を取り出して指先を移動させていきます。
一ページめくるのにそんなに時間はかかりません。
ときどき犬の頭をなでたりしています。
そしてまた指先がページに戻ります。
車内がシーンとし、
そこだけうすく光っているようにさえ見えます。
紙はこうして読むものだと、
視力のあるなしにかかわらずなのだ
と思いました。
だいじなことを教えていただいた気がします。

 

・からぶれど姿ただしき冬の山  野衾

 

師走

 

おなじひと月なのに、はやいはやい。
著者のもとへどうしても今月中に届けたい再校ゲラがあり、
ただいまガシガシとすすめている最中
ですが、
思うように捗りません。
賀状書き、大掃除など、
年末ならではの行事もあり、
指折りかぞえてみると
そんなに時間が残されていません。
さてきょうはどれぐらい進められるか。

 

・下手なりに画でも描きたき柿落葉  野衾

 

二本立て

 

大手コンビニエンスストアのローソンが、
500円コーヒーを販売するというニュースがありました。
コーヒーの木の樹齢は
ほぼ30~40年であることが多い
のに対し、
樹齢100年以上の木から豆を収穫し、
それを焙煎したコーヒーを提供するそうです。
ちょっと飲んでみたい。
担当者のコメントのなかに
「コーヒーは嗜好品なので」
ということばがあり、
なるほどと合点がいきました。
紙の本もそれに近いところがあるなぁと。
弊社でもいよいよ
電子書籍化を本格的に考えていこうと思っています
が、
わたしの考えでは、
これから電子書籍がふだんづかいのものとなり、
紙の本はますます
嗜好品化していくことになる
のではないか。
それはそれで面白い。
嗜好品には嗜好品としての価値があり、
必要に応じた使いかた、享受の仕方があってしかるべきだと思うからです。
そのことをきちんと押さえておくことで、
電子書籍も紙の本もさらに
みがかれていくような気がします。

 

・凩にしがみつきをるいのちあり  野衾

 

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