母の声

 

週に三度、
少なくとも二度は秋田に電話します。
たびたびかけていますから、
双方特段の用事があるわけでなく、
したがいまして
「天気なんとだぁ? 変わったごどないがぁ? 稲の具合はなんとだぁ?」
と、
ほとんど意味のないやり取り。
「ウィスキーを水でわるように
言葉を意味でわるわけにはいかない」と言った
のは詩人の田村隆一。
その言葉どおり、
とくに老親との電話のやり取りで大事なのは、
意味でなく声。
おたがいに
声の調子で体調を診る。
いわば、
子にとって親は医者であり、
親にとって子は医者である。
「天気なんとだぁ? 変わったごどないがぁ? 稲の具合はなんとだぁ?」
呪文のようではあるけれど、
これで十分。
声の調子によって
きょうの日、
いま現在がしあわせかをはかっている。
娘時代の母のことは
知る由もないけれど、
声の具合から判断するに、
年を取って母は、
ますます娘時代に帰っていくようなのだ。

 

・荒梅雨や黙して浮かぶ旧街道  野衾