電線を

 

電線で思い出すのは
『電線音頭』
♪チュチュンがチュン
♪チュチュンがチュン
♪電線に雀が三羽止まってた
…………
いやぁ、なつかしい。
というわけで、
雀をはじめとする鳥がとまっているのならわかります。
が、
なんと栗鼠。
それも大ぶりの
おそらく台湾栗鼠が
わたしの部屋の前の電線にとまっていました。
と見るや、
スルスルッ、スルスルッ、スルスルッと右へ移動。
いやあ、
上手いもんだ!
落ちもせず、スルスルッ。
電線の片方の端は
こんもりとした緑に吸い込まれるようになっており、
やがて見えなくなりました。
朝からいいものを見せてもらった。
鎌倉の山を歩いていて幾度か目にしたことはありますが、
ここ保土ヶ谷の自宅で見るとは。
寝ぼけまなこの目が覚めた。

 

・梅雨明けのしゃがむ女の乳房かな  野衾

 

虫笑う?

 

虫がなく、の「なく」は鳴く。
人がなくのは「泣く」で、まあ、「鳴く」ことはない。
漢字で書くとそうなりますが、
音では両方とも「なく」
これは虫の声に勝手に人が「泣く」のイメージを重ねたからではないか。
それなら「泣く」でいいようなものだが、
「泣」の字はあまりに牽強付会に思え、
それで「鳴」の字をあてたのでは…。
なんてことを、ふと。
そう思ったのは、
休日虫の声が聴こえてきたとき、
(「虫の声」は秋の季語ですが、秋でなくても虫の声は聴ける)
あれ、
なんだか、
笑っているみたい、
と思えたから。
虫はひょっとしたら、鳴かずに笑っているのでは…。
そう考えたら、
なんだか楽しくなってきた。

 

・夏を避け馴染みの暗き珈琲店  野衾

 

一等賞

 

わがふるさと秋田県井川町のホームページに、
月刊広報誌がアップされています。
今月号に
町民体育大会の模様が写真付きで掲載されており、
子どものころをなつかしく思い出しました。
あれはわたしが高校一年、弟が中学一年の年だったでしょうか。
親子リレーという種目があり、
たしか母→弟→わたし→父の順に走りました。
母と弟とわたしの三人で
二位以下をだいぶ引き離し
最終ランナーの父へバトンがわたる。
仕事をすると
天才的になんでも巧くこなす父でありますが、
走るのはどうやら不得意ジャンル。
距離の貯金を
ひとりで食いつぶし、
あれよあれよという間に
二位以下がずんずん後ろに迫ってくる。
やばいよやばいよ
でありましたが、
なんとかぎりぎり一位でゴール!
やれやれと。
いま一位と書きましたが、
一位ではどうも気分がでない。
一位でなく、ここはやはり‟一等賞”でしょう。
一位はなんだかお上品。
言葉から汗がでていない。
一等賞、いっとうしょうと言えば、
汗とちからがにじむじゃないか。
優勝カップは
本来持ち回りのものであったはずが、
町長と学校時代からの知り合いだった祖父が鷲谷町長に掛け合い、
これまで持ち回りして何年もたち
だいぶ傷んできたろうから、
そろそろ新しいカップに替えることにして、
それをウチにもらえないか
とかなんとかお願いし、
町長も祖父の願いを聞き入れたかして、
けっきょく頂戴したんじゃなかったかと思います。
満面笑みの祖父が
優勝カップでぐいと酒をあおったことも
今となってはいい思い出。

 

・自転車こぐ女子高生の夏の空  野衾

 

歯科衛生士

 

三か月に一度の歯科検診に行ってきました。
これまでずうっと朝いちばんで診てもらっていたのですが、
きのうは十二時ちょうどの予約。
五分前に医院について待っていると、
ほどなく声をかけられ
診察室のなかへ。
「三番目の席にお座りください」
いつもとちがう歯科衛生士。声がかぼそい。
彼女に診てもらうのは初めてになります。
指定された席につき備え付けの紙コップでうがいをすること二度、三度。
と、
「倒します」と彼女。
「はい」とわたし。
目を閉じてしばし深呼吸。
「赤いのが付かないようにクリームを塗っていきます」
素直に「はい」
「開けてください」
あくまでも素直に「はい」
「え!?」
「はい?」
「いや。目でなく口を開けてください」
「あ!」
素直さをアピールするのに
気をとられ、
あほなことをやらかした。
あわてて大きく口をひらく。
「それだと診づらいので少しゆるめてください」
しょげて「はい」
以後はスムーズに運びましたが、
いつもの慣れた歯科衛生士でなかった
こともあり、
呼吸がイマイチ合わないというか…。
にしても、
「開けてください」と告げて、
患者が目を開けたのには
彼女もびっくり
だったかもしれず。

 

・朝ぼらけ酷暑のなかの鳩茫茫  野衾

 

母の声

 

週に三度、
少なくとも二度は秋田に電話します。
たびたびかけていますから、
双方特段の用事があるわけでなく、
したがいまして
「天気なんとだぁ? 変わったごどないがぁ? 稲の具合はなんとだぁ?」
と、
ほとんど意味のないやり取り。
「ウィスキーを水でわるように
言葉を意味でわるわけにはいかない」と言った
のは詩人の田村隆一。
その言葉どおり、
とくに老親との電話のやり取りで大事なのは、
意味でなく声。
おたがいに
声の調子で体調を診る。
いわば、
子にとって親は医者であり、
親にとって子は医者である。
「天気なんとだぁ? 変わったごどないがぁ? 稲の具合はなんとだぁ?」
呪文のようではあるけれど、
これで十分。
声の調子によって
きょうの日、
いま現在がしあわせかをはかっている。
娘時代の母のことは
知る由もないけれど、
声の具合から判断するに、
年を取って母は、
ますます娘時代に帰っていくようなのだ。

 

・荒梅雨や黙して浮かぶ旧街道  野衾

 

パブロでなく

 

イシバシネタを。
きのうのことです。
仕事がらみから、
スリランカに話題が及んだのを機に、
「スリランカといえば、
あなたがカラオケでよくうたう高橋真梨子の歌に
「素足が似合う街で」という名曲があるよ。
♪スリランカ、サリーまとい…、いい歌だったなぁ」
と告げるや、
イシバシ「そうですか。
高橋真梨子は、
むかしパブロアンドカプリシャスにいたのよね」
「はあ?」とわたし。
「パブロアンド…」
「パブロってなによ」
「だから、高橋真梨子がむかしいたグループの名前がパブロアンド…」
「パブロじゃねーよ」
「えっ!?」
「パブロじゃない!」
「あ!」
「パブロじゃなくペドロ。ペドロ&カプリシャス」
「ああ、ペドロ。そうか」
「そうだよ」
「ペドロねペドロ。なんか変だと思った。あはははは」
「あははじゃねーし」

 

・荒梅雨や車も人も留まらず  野衾

 

ふたりの女性

 

会社を退けて紅葉坂を下るとき、
よくすれちがう若い女性がおりました。
わたしがそこを通る時刻はだいたい決まっていて、
彼女は下から
スマホを見ながら上ってくるのです。
つけまつげをバッチリと決め、
濃い化粧と着ている服がよくマッチし、
とくにあいさつするわけではありませんが、
坂を下りながら、
とおくに彼女の姿をみとめると、
お、来た来た
となるのでした。
それがこのごろとんと彼女を見かけなくなり、
少し寂しい気持ちになっていました。
先週のことです。
会社を退けて坂を歩いていると、
下から
中年の女性がゆっくり近づいてきました。
見るともなく
視線が彼女に向かいます。
ごくふつうの女性です。
と、
いや、
待てよ、
彼女、ひょっとして、
いやいやそんなはずはないでしょう。
あたまのなかを二つの意見が交錯します。
結論はといえば、
やはりくだんの彼女なのでした。
つけまつげがなく、
化粧もふつうでしたから見逃しそうになりましたが、
歩く姿勢は見まごうはずもなく。
彼女にまちがいありません。
どうしてつけまつげと濃い化粧をやめたのか。
知る由もありませんが、
二つの印象がチリンとひびきあい、
感動しながらわたしは坂を下りました。

 

・荒梅雨や折れたる傘の骨二本  野衾

 

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