読書の法

 

法学者末弘厳太郎(すえひろいずたろう 1888~1951)の
『嘘の効用』
(川島武宜 かわしまたけよし 編 冨山房百科文庫)
に「読書」という項があり、
そこに、
末弘さんが第一高等学校時代、
恩師の岩本禎先生から
「みだりに新刊書を読んではならない、
本はすべて出版後十年を過ぎてから読むべきものだ」
と教えられたことが書かれている。
かつてその話を聞いたときは、
末弘さん友だちと
「先生は頭が古いからあんなことを言うのだ」
と語り合ったらしい。
しかし、
その後自身が学者生活を送るようになり、
だんだんと、
先生の教えの尊さを
理解し始めたという。
学者でない一般の読者でも、
耳を傾ける必要がありそうなエピソードだ。
本のクオリティは結局、
特定のだれかによってではなく、
その本が読まれつづけた時間によって判定されるのだろうから。
それはそうかもしれないが、
それだけが唯一正しい読み方となってしまえば、
出版社はお手上げだ。
ちなみに、
岩本禎は哲学者、
夏目漱石の『三四郎』に登場する広田先生のモデル
だとする説があるそう。
広田先生といえば、
「偉大なる暗闇」で、
そのモデルになった人だとすれば、
新刊書に手を出さず、
ひたすら古典を読んでみずからの思想を鍛えていたとしても
むべなるかな、
分かる気がする。

 

・屋根のある噴井にまるく祖母の背な  野衾