自転車

 

・蜘蛛のごと道を這ひずる落葉かな

 

家を出て保土ヶ谷駅を遠くに臨む坂道を歩いていたとき、
わたしを追い越して自転車が
ゆっくり坂を下りてゆきました。
いまは電動アシスト自転車が多くなりましたが、
ふつうの自転車でした。
バランスを取りながら、
ゆっくりゆっくり下りてゆきます。
それを眼で追いかけているうちに、
両脇の補助車を外して乗った子どもの頃のことが
不意に蘇りました。
こわごわ
ワクワクドキドキして。
もう何十年も乗っていませんが、
きっと乗れるでしょう。
体は忘れません。
歩いているときとも
走っているときとも
バスに乗っているときとも
汽車に乗っているときともちがう、
あたらしく
いま生まれたような景色、
嬉しくて、
はしゃぎたくて
わけもわからず泣きたいような、
父と母に別れを告げるような、
たとえばそんな気持ちで追いかけた。
自転車に乗ると、
いつも風景があたらしかった。
体はずっと忘れません。

 

・ピエロとや銀杏落葉の音かなし  野衾