蟬終る

 

・秋の風過客の心疼きけり

 

本町小学校の近くでは、
アブラゼミの声が全く無くなりました。
六日はしていたのに、
七日はなし。
夜立ち止まると
今度は虫の声が聞こえてきます。
暦は一年を区切りますが、
変化の激しさは七十二候でも追いつきません。
鉦叩。

 

・少年の漠たる夢や鰯雲  野衾

 

 

・戯れて弟と来し花野かな

 

九月に入りまして、
夕刻ともなると、
虫の声があちこちから聞こえてきます。
が、
日差しの強い昼、
本町小学校のあたりでは、
アブラゼミでしょうか、
ものすごい力で鳴いています。
ほんとうに
最後の最後だと思いますけれど、
だんだん萎むようにというのでなしに、
その大音量に驚きます。
おなじ生き物でも、
目を閉じて
すーっと魂が消えてなくなると思えるいのちもあれば、
同じトーンで生きて
ぶちっと終るいのちもあって、
なんとも不思議。
でも、
待てよ。
ひょっとしたら、
いよいよのときは
蟬も声がちいさくなるのだろうか、
心してちゃんと聞く必要がありますが、
六十年生きていまだに
そういう場に立ち会ったことはありません。

 

・花野にてすることもなし帰りけり  野衾

 

着るもの

 

・鬼灯や坂の上までだれか来い

 

九月に入りました。
さすがに涼しくなったものの、
日中は三十度近くに
気温が上昇することもしばしば。
こうなると、
困るのが着るもの。
一日の最高気温と最低気温をインターネットで確認し、
自分の体調とも合わせて
選ぶことになりますが、
この時期
どう考えても
終日同じ格好でいることは無理。
一日の始まりは少し厚着で
昼は薄め、
夕方になったらまた羽織る、
みたいなことしかないようです。

 

・鬼灯に染められ出勤赤くなり  野衾

 

そっくり

 

・黙々と御飯がすすむ泥鰌鍋

 

ひとりとことこ野毛坂を下り、
福屋さんに向かいました。
いつも開いた泥鰌を鍋で煮る「さき」を頼むのですが、
先日「まる」を食したら、
泥鰌本来の味がしあまりに懐かしく、
また引き寄せられるようにして
「まる」を所望。
と、
ひとり女性が入ってき、
カウンターの端に座りました。
そのたたずまい、所作、声のトーンが
なんとも義母に似ています。
スッと姿勢をよくし、
静かに座っているだけなのですが、
独特のオーラがあり、
泥鰌を食べながら
つい見てしまいます。
世の中には
似ている人がいるものですが、
「義母に似ているひとベストテン」
をやったら、
まず間違いなく一等でしょう。
いやぁ、
そっくりでびっくり!

 

・汁ぢふぢふ溢れてゐるよ泥鰌鍋  野衾

 

夏風邪 3

 

・新涼を息ととのへて吸ひにけり

 

きのうは整体の日。
鵠沼海岸まで電車を乗り継ぎえっちらおっちら。
駅から目的の家まで徒歩十五分のところ、
からだが重く、
途中、
「どなたでもご自由にお休みください」
と記されたベンチがあったので、
どっこいしょ。
十分ほど休憩してからベンチを離れ、
またとぼとぼ歩いて、
ようやく到着。
ネルとジャスがお出迎え。
下だけ着替えてすぐに施術。
気持ちよくなり、
自分のいびきで目を覚ますこと二回。
どうもどうも。
「それではうつ伏せになってください」
「はい」
ベッドの顔の当たる部分に
穴が開いており。
マッサージしてもらっているうちに、
「あのあの、は、は、鼻汁が…」
「はいどうぞ!」
「どうもどうも」
ティッシュで思いっ切り洟をかみ。
いや、あぶなく鼻汁を床に垂らすところでした。
夏風邪はまだ完治していないようです。

 

・光来て音に耳行く秋の海  野衾

 

夏風邪 2

 

・鬼灯や寂しき母の得意技

 

治ってきたので言えることですが
風邪が癒えはじめての朝は
気持ちがいい
体温計のアラーム音かと思えば
そうでなく
小鳥がさえずる声だったり
雨を踏む自動車の音だったり
遠くの時計の音だったり
外の音だけではありません
心臓の音、呼吸音、思考している脳の音…
生きている
厳粛な気持ちになって深呼吸
風邪は
深呼吸の必要を
思い出させてくれる

 

・鬼灯をビューと鳴らして母帰る  野衾