丸定

 

・鉄錆の線路どこまで猫じやらし

 

野毛の福家さんに最低でも週に一度、
多いときはまるまる五日
足を運び、
泥鰌鍋を注文します。
元気の素、
活力源。
泥鰌鍋には
泥鰌を割いた割き定と
泥鰌を丸ごと煮た丸定があります。
定は定食の定。
十年以上割き定を食べてきましたが、
ひょんなことから丸定を食し、
爾来丸定に嵌った次第。
泥鰌丸ごとですから
頭もついており、
必然小骨もあるわけですが、
カリカリと噛み砕けば
カルシウム満点。
子どものころ食べた泥鰌の味がにわかに蘇ります。
ところで。
どじょうをドジョウでなく
泥鰌と書いたせいか、
漢字が多くなって
黒々した記述になりました。
なおかつ。
きょうのこの話題、
前に書いたような…。
いや
「ような」でなく
前に書いたことがありました。
記述のニュアンスが
おそらく少々違っているということで、
乞うご勘弁!

 

・風に揺れこつちこつちと猫じやらし  野衾

 

ヤンバルクイナ

 

・雪隠の水漏れに和す鉦叩

 

このごろテレビで見るものは、
旅番組に自然観察。
きのうはNHK・BSプレミアム
「ワイルドライフ」
沖縄島北部に生息するヤンバルクイナを取り上げていました。
画像がきれいで、
見るともなく見ていたら、
オスがエサを探してメスにやり、
その後メスを追いかけ背中に乗っかり
交尾成就。
アハハハハ、
まるでニンゲン。
動きがせっかち、
容姿美しく飛べない鳥。
それにしても。
ファーブル昆虫記から始めて
あらゆる動物の生態を
知れば知るほど、
だれに教わったわけでもないのに、
複雑で細密、
繊細な行動をとるものが多く、
なんとも不思議。
不思議が多すぎて当たり前になっているだけ。
本能といったって、
何を説明しているわけでもない。

 

・築二十年厠ほころぶ秋の暮れ  野衾

 

目の運動

 

・秋の日や読み来たる跡付箋立つ

 

仕事がら、
終日細かい文字を追うことが多い
わけですが、
午後四時ごろともなると、
文字がかすんで
すこぶる見えにくくなります。
朝起きだてからずっと
文字を睨んでいますから、
仕方ないのかもしれません。
そうか、
疲れたか、
こころで目に話しかけ、
社員に気づかれぬようしばし
目の運動。
まず寄り目運動。
鼻尖にぐっと両目を引き寄せ一秒、二秒、三秒、…。
それからおもむろに回転運動。
右に十回、
左に十回。
さらに一分間ほどの瞑目。
そして。
パッと、開く。
ああ、
世界が明るくなったよ!
さてと、
もうすこしやるかな。

 

・独り居の廓の音の秋に染む  野衾

 

過客

 

・蜻蛉(とんぼう)の来て留まりて去りにけり

 

家人の母は旅行が趣味。
国内、海外を問わない。
今回は、
青春18きっぷをつかって
秋田・青森の温泉を巡ってきた。
昨夜は横浜の拙宅泊まり。
旅のエピソードに耳を傾けていると、
まずそのフットワークの軽さと行動力に驚く。
そして、
土地土地のひとに自然に語りかけ、
会話を楽しみ
しなやかに旅を楽しんでいる
ことがよく分かる。
このごろ俳句をものしており、
俳句歴は浅いが、
俳号は過客。

 

・おなもみとめなもみたずぬふるさとの  野衾

 

付き添い

 

・トンネルを抜けて息吐く秋の風

 

病院の待合のベンチに
老夫婦が座っておしゃべりをしていました。
ふたりとも年相応に耳が遠いらしく、
なかなかの大声です。
わたしはひっそり
文庫本を読んでいたのですが、
リルケの言葉より
どうしても
老夫婦の言葉が耳に飛び込んできます。
旦那の不具合に
奥さんが付き添ってきているのでした。
やがて、
看護師に指示され、
杖を頼りに
男性が立ち上がり、
まっすぐ廊下を歩き始めます。
奥さん、
すぐに立ち上がれず、
ゆっくりゆっくり
立ち上がり、
手荷物を確認してから
杖を床に突き突き
ようやく
歩き始めました。
首を小刻みに震わせながら
「待って、よ。すぐに、上手に、歩けない、の」
「……」
「待ってよ、って、いってる、でしょ。すぐに、上手に、歩けない、の」

 

・病院の窓や無言の秋の海  野衾

 

ピピ

 

・アンテナに端然秋の烏かな

 

かつての村を訪ねたとき
ニワトリのようで ニワトリでない
ダチョウのようで ダチョウでない
カイチョウ 怪鳥
そう 怪鳥
ゆっさゆっさ現れ
伸びあがって ぶるぶる
体をふるわせ
たかと思い


どすん

また どすん
雪だるまほどもある
皮袋に入った糞をふたつ
ひった
そばにいた飼い主
老婆が 転がる糞に 足取られ
転がった
近所の百姓がそれを見て
ああ
ピピがうれしくて糞ひった
ピピがうれしくて糞ひった
転がった老婆もうれし
くて笑っ

 

・動くものみな停まつて見ゆる秋の海  野衾

 

水中トイレ

 

・秋の蚊を避(よ)けて厠の狭きかな

 

用を足したくなりトイレに向かうや
ずらり行列ができていて
どこのトイレも
地上では
似たり寄ったり
腕時計を見れば
すでに二分経っていて
ならばと
水中トイレに。
深い碧の水を湛え
二メートルほど潜った先が
洞窟になっており
そこをうまくあしらって室ができている
息を殺して一気に潜る
しかし
こちらもどこもいっぱいで
切なる授業はもうすぐ
始まってしまう

 

・稲妻や密(みそか)の事を暴きゆく  野衾