馬車道十番館

 

・葉が揺れてひとのこころも五月かな

爽やかないい季節になりましたので、
散歩がてら馬車道十番館へ。
通りから何度も目にしていましたが、
中に入るのは初めて。
見るからにがっしりとした作り、
天井が高く、
ゆったりと落ち着きます。
天井を見上げているうちに、
ああ、
これも一つの余白であるなあと。
このごろの建物は、
空間を節約するためか、
やたらに天井が低く息苦しい。
余白のない本が息苦しいのと同じ。
余白の風を浴びながらポークピカタ。

・草いきれ鼻づらふるはす黒毛かな  野衾

西瓜

 

・田仕事の夢の入り口目借り時

このところ、連日西瓜を食べています。
子どものころから、
嫌いでなく、
いや、
むしろ好きではありましたが、
わたしより
弟のほうが圧倒的に西瓜好きで、
それにくらべると、
わたしのほうはふつう
というか。
それはともかく、
西瓜を食べたときの、
みずみずしい甘さもさることながら、
触感がたまりません。
かぶりついた時のあの音!
スクワッシュ、グワッシュみたいな…。
まるで水を食べているようです。

・雉鳴くや我が妻今朝も寝てゐたり  野衾

白鷺

 

・白鷺やその痩身の動かざり

この連休期間、
秋田に帰った折に、
家のそばまでやってくる白鷺の姿を何度も目にしました。
池を泳いでいる魚を求めて、
しつこいぐらいに舞い降ります。
その慎重さ大胆さ。
サカナナンテネラッテナイカラネー、
みたいな風をして近づき、
止まるとなると微動だにせず、
と、
すーーーーっと
身を躍らせ、
長い首を蛇のように怪しくくねらせ、
池の中の魚の動きを注視します。
のったりとした山あいの風景ながら、
息のつまる野生が繰り広げられているのでした。

・白鷺や狙い定めて水を突く  野衾

余白の必要

 

・名を知りていよよゆかしき著莪の花

『鎌倉アカデミア 青の時代』
を観、
余白が生きている映画だなあ
と感じてから、
ポカンとした余白を余白の時間に考えています。
ポカンの穴から向こう側が見え。
田中小実昌のポロポロを連想したり。
余白って、
べつに余っているわけでもなく。
無限の可能性を秘めてポカンだよ。
ポカンポカン…。
好きな小説『大菩薩峠』に、
デンブデンブとなにか浮かんでいるなと思って
近づいてみたら、
なんとそれは女の臀部で。
はは。
ダジャレかよ。
このブログはわたしにとって、
たいせつな余白の時間かもしれず。

・抜き足で池に近づく夏の鷺  野衾

今、鎌倉アカデミアが熱い

 

・晴れ晴れの夏空映す水田かな

今から71年前の1946年5月、
鎌倉の地に大学が創立された。
わずか四年半の短い期間だったが、
そうそうたる教授陣の顔ぶれ、
自由な教育方針、
理念の高さから
「幻の大学」として今に語り継がれている。
教育の営みが混迷をきたし、
教育問題が日々
取りざたされる機にあたり、
すばらしいドキュメンタリー映画がつくられ、
まもなく公開される。
『鎌倉アカデミア 青の時代』
がそれだ。
構成・撮影・編集・監督は大嶋拓氏。
71年前の昨日、
すなわち1946年5月14日、
鎌倉大学(のちに鎌倉アカデミアと改称)の第一回の授業が行われた。
それから71年後の記念すべき日の昨日、
劇場公開にさきがけ、
鎌倉市川喜多映画記念館にて
特別上映が行われた。
二時間の一見地味なドキュメンタリー映画だが、
歴史資料の丹念な読解をたて糸に、
関係者へのていねいなインタビューをよこ糸にして、
しずかに熱いドラマがつむがれ
見る者のこころに迫ってくる。
本ならば、
上質のエッセイとでもいえようか。
余白が生きて、
中のコンテンツをゆたかに支えている。
教育が、
建物でなく、
人と人とのこころの通い合いであることに改めて気づかされる。
上質のエッセイがそうであるように、
見終った後、すがすがしく、
さわやかな気分に浸ることができる。
季節はまさに新緑、
自由でのびのびとした
学び舎の空気に触れてみてはいかが…。
新宿ケイズシネマにて5/20(土)~5/26(金)

・むらさきに滴る山の気配かな  野衾

世間は狭い

 

・ゆっさゆっさふるさと揺する夏の鷺

世界は広く、世間は狭い、
ということを
よく感じるし、
口にもしてきましたが、
そのことを改めて確認しました。
創業から十八年間のなかで、
弁護士に相談したことが一度だけありましたが、
そのことをきっかけに、
いろいろ案内をいただくようになり、
このたびは今年に入って上梓した自著をいただきました。
『弁護士・税理士・上場企業取締役だから分かった 伸びてる会社の意外な共通点』
タイトルなげ~~~!
それはともかく、
ページを開いたら、
おもしろく、
ためになりそうで、
すいすい読んで終わりに来たら、
装幀はなんとウチと親しくしている会社、
印刷・製本もウチと親しくしている会社、
あ~らら、
なんとも世界は広く、
世間は狭いのでした。
おっと。
著者の名前は三谷淳さん。

・白鷺や池の淵にて尖りをり  野衾

水か人か

 

・行く春の湘南とろりとろりかな

後藤夜半に、

滝の上に水現れて落ちにけり

という有名な句があります。
いい句は、すぐにおぼえて忘れません。
滝の上に水が現れて落ちるのは当たり前だのクラッカー、
ですが、
水の落ち来る勢いが夏の景色とあいまって、
こちらの身にまで及び、
ひろやかな気分に浸ることができます。
小説家の吉屋信子がこの句を評し、
水が落ちると
俳句になるかもしれないが、
小説にはならない、
人が落ちてくれなくては困る、
てなことをのたまったとか。
阿波野青畝のエッセイにでていたエピソード。

明日の「よもやま日記」は都合によりお休みします。

・ふるさとの祖父の居場所や目借り時  野衾

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