駅蕎麦

 

・春の浜利休鼠の雨に酔ふ

かき揚げ蕎麦が食べたくなり、
角のカウンターに向かい
そろそろ食べ終えようとしていたとき、
四十代後半か、
あるいは五十代、
ひとりの女性が店に入ってくるなり、
「スイカと現金の併用はできないんでしょうか?」
と言った。
年配の女性店員は、
「併用はできないんですよう」
「そうですか…」
「いくらお持ちなんですか?」
「…………」
「何を食べたいんですか?」
「スイカと現金を合わせると350円払えるなあと思って…。
前から食べたいなぁと思っていたもので…」
寂しそうに出ていこうとする女性を追いかけ
店の横のドアを開け出て行った女性店員は、
チケットの自販機を鍵で開け、
何やら操作し始めた。
と、
先ほどの女性が嬉しそうに戻ってきて、
カウンター中央に向かい
ちょこなんと椅子に腰かけた。
わたしはグラス一杯の水を飲み干し店を出た。

・結界の行きはよいよい霞かな  野衾

電動自転車

 

・思はずも話途切れる桜かな

電動アシスト自転車ともいうそうですが。
若いママさんが、
前の籠に子を乗せて
上り坂をすいすい漕いでゆく姿をときどき見かけます。
想像するに今どきの必需品なんでしょうね。
今週初め、
昼食後、
掃部山(かもんやま)公園の桜がそろそろかと
足を延ばしたところ、
百台までなかったかもしれませんが、
相当数の電動自転車が勢ぞろい。
いやはや壮観でした。
スマホ持って行っていればなぁ。

・若ママ団電動自転車桜前  野衾

いざ鎌倉

 

・春うらら使えば無くなるオカネかな

打ち合わせのため鎌倉へ。
ウィークデーだというのに小町通りはひとでごった返し。
お寿司屋、天むす屋、ジュース屋、まめや…。
何も買わなくても、
何も食べなくても、
なんだかワクワクしますねぇ。
目指すは、
鏑木清方記念美術館近くの鎌倉市川喜多映画記念館。
この地にかつて伝説の大学があった。
その名は鎌倉アカデミア。

・新刊を手にひとりごつ春日かな  野衾

祝リンゴ

 

・あたたかや自転車どこまで行けるかな

このごろは、
果物も野菜も人間も(てか)
甘味が唯一の価値であるかのごとく、
何でもかんでも
甘ければいいみたいになっていますが、
酸味や渋みも忘れ難く。
むかしむかし子どものころ、
お盆の時期になると、
渋くて酸っぱい青いリンゴを食べていたような気がし
調べたら、
ありました。
記憶は間違っていなかった!
祝(いわい)という名のリンゴがそれでした。
生産量は落ちているようですが、
根強いファン(わたしもその一人)
がいて、
今も夏場になると出荷しているらしい。
昨年は、
巨大な葡萄ルビーロマンを食べ、
次の目標が定まっていませんでしたが、
今年は、
祝を食することが究極の目標。

・自転車に乗って舗装の切れるまで  野衾

あたたか

 

・あたたかしけふはふまんをいふまいぞ

やっと暖かくなったと思いきや、
また冬に逆戻り、
そんなことを繰り返していましたが、
さすがに安定的な陽気となってまいりました。
目的もなく
ただ歩いていてもウキウキします。
花の名、鳥の名をもっと知っていたら
もっと楽しいだろうなぁ。
目にしたものを写真に撮ったら、
その名が知れる、
みたいなアプリ、
どなたか開発してください。

・あたたかし二百羅漢の峠かな  野衾

踏絵

 

・春の雨受けて華やぐ傘の色

映画作家の大嶋拓さんが拙著『石巻片影』
自身のブログに取り上げてくださった。
大嶋さんは、
この本が東日本大震災に向き合うための
いわば「踏絵」であったと記している。
踏絵とは?
わたしがへたな要約をするよりも、
ぜひ元文についていただきたい。
コチラです)
大嶋さんの文章を何度か読んでいるうちに、
学生のころ、
マルクスの『資本論』を読んでいたことを思い出した。
わたしのアパートに経済学部の学生が3人、
(4人だったかもしれない)
オルグと称して押しかけてきた。
マルクスがどうの、
レーニンがどうの、
今の時代がどうの、
学生のあるべき行動はどうの、
行き着くところ、
ある学生集団への勧誘だった。
話しているうちに、
彼らが『資本論』をまともに読んでいないことに気づいた。
寮の先輩の勧誘を断り切れずに、
そのような活動をしていることが見えてきた。
わたしが彼らの誘いを断ったのは言うまでもない。
最初から寮の先輩の話をしてくれたら、
むしろ心を動かされたかもしれない。
わたしは、
これが正しい行いだとして
特定の行動を強制するのも、されるのも嫌いだ。
そこにウソが入っていたらなおさら。
納得すれば、強制力を働かさなくても動くのが人間だと思っている。
個性は文字どおり一人ひとり違っている。
…………
大嶋さんが、
自己防衛のために震災関連の情報を遮断してきたのに、
拙著のページをゆっくりゆっくり
めくってくださったことがありがたく、
文末の
「私もやっと、あの震災を現実と認識し、
そこから一歩を踏み出す決心がついた気がする」
には手を合わせたくなった。

・笹舟の浮かぶ瀬もあろ春の風  野衾

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