人生二度なし

 

・梅を見る階段下の古家かな

新井奥邃に私淑していたひとに
哲学者の森信三がいますが、
かれのことばに、
「人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。
しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に」
があります。
若いときは、
そんなことあるかいな、
運命のひとと出会っているとはとうてい思えん
などと不遜な考えでいましたが、
齢を重ねるたび、
いやいや、
そういうことはあるかもしれない、
人生は、
そんなふうになっていると
自然と思えるようになってきました。
『人生二度なし』は森信三の著書。

・梅咲いてしばしの息や深くなる  野衾

スマホむずかし

 

・還暦の振り向く先や山笑ふ

わが社のイシバシがガラケーをやめ
スマホに替えたのは
昨年十二月半ば。
二月も今日で七日ですから、
買い替えてから五十日は経っています。
それなのに、
ああそれなのに、
イシバシは、
かかってきた電話を取るすべを知らず!
どうしていたかと尋ねれば、
着信があって、
相手がだれかはっきりしている場合は、
あとでこちらからかけていたと。
それって、
かつて一世を風靡したポケベルじゃん。
あはははは…。
昼食時、
ためしに会社から電話をかけてもらって取ろうとしたら、
わたしがやっても、
たしかに通話状態にならず。
馬鹿にしたわたしが悪うござんした。
同じauのスマホなのに、
わたしのとやり方が違う。
会社に戻って、
若い人がいろいろ操作し、
イシバシはやっと、
自分のスマホで、
外からかかってきた電話を取ることができたのでした。
めでたしめでたし。

・春嵐さよならだけが癖になり  野衾

ホールデン・コールフィールド

 

・春の雨やさしいはずが裏切られ

世に青春の書とよばれる書物がありますが、
J・D・サリンジャーの
『ライ麦畑でつかまえて』など、
その最たるものかもしれません。
若いときに一度読んだきりですが、
記憶を確かめたいこともあり、
再読すべく、
古書で
白水社から出ている新書版のを求めたところ、
2008年8月の段階で、
なんと108刷。
驚くべきロングセラー。
村上春樹の訳による、
キャッチャー・イン・ザ・ライ
のタイトルのも出ましたが、
むかしを懐かしむ気持ちもあって、
野崎孝の訳のにしました。
読み返して感じるのは、
主人公ホールデン・コールフィールドの
繊細さ、生意気さ、痛々しさ。
まだしばらく
青春のアイコンであり続けるでしょう。

・なりふりを構わず養生春近し  野衾

老いのイニシエーション

 

・屋上より福豆撒きし日もありき

演出家・竹内敏晴の著書に
『老いのイニシエーション』という
おもしろい本があり、
そのなかで
竹内さんは、
土方巽、野口晴哉など、
六十代で亡くなった人の
命の燃焼の仕方について記述していました。
いま、手元にその本がありませんが、
竹内さん自身、
六十歳代になり、
大けがをしたはずで、
そのエピソードが
印象深くつづられていました。
このごろの不調はそのことを思い出させます。
わたしも、
ちゃんと老人になるために、
よく見聞きし、
この関門を過ぎようと思います。

・邪気払ひ命養ふ酒を飲む  野衾

目標

 

・海鳴りを胸騒ぎする二月かな

弊社では、
わたしの方針として、
いい環境で集中した仕事をしたら、
休めるときはたっぷりと休む
ことを標榜しており、
この正月休みは十一日間休みました。
ちなみに、
来たるゴールデンウィークは九日間休むことにしています。
ブラッキーに仕事をして成り立つほど、
本づくりは甘くない。
すぐには無理でも、
夏休みとして
一か月の休みを取ることが、
当面の目標。
仲良しりなちゃんがもし
春風社に入るようなことになれば、
ひょっとしたら、
その頃は、
夏休みが一か月かもしれません。
ね、りなちゃん。

・出て来てよ土の下なる蕗の薹  野衾

深雪

 

・雪かきの父の眼鏡の曇りけり

深い雪と書いて、
みゆき。
俳句を考えていたら、
不意に思い出しました。
高校教師になり、
初めて担任した高1のクラスにその名の生徒がいました。
明るく元気、はつらつとした子で、
英語、国語をはじめ、
数学以外はいつもトップクラス。
ところが、
数学だけはからっきし。
そこで、
なんでだろうと疑念がわき、
放課後だったか、
夏休みだったか、
記憶が定かではありませんが、
その子のためだけに、
補習みたいなことをやりました。
わたしは社会科の教師でしたが、
数学が好きだったし得意科目でもありました。
その子のため
ということはもちろんですが、
数学あるいは算数の学習過程の
どこかでつまずいているはずだと睨み、
それがどこでなのかを確かめたかった
ということも
個人的にありました。
最初は恥ずかしがっていた深雪さんですが、
一対一の勉強に
だんだん慣れていくようでした。
そしてついに発見!
分数の割り算の理屈が
どうやら合点がいっていないのでした。
そこでつまずいて、
以後ガタガタと…。
深雪さん喜んだ喜んだ。
わたしもスッキリ!
高校を卒業した年、
深雪さんは北海道を旅行し、
アイヌの木彫り人形を
お土産に買ってきてくれました。
きみまろ風に言えば、
あれから三十五年
にもなりますが、
今も大事にとってあります。

・飛び出して脚に重たき深雪かな  野衾

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