今が融けだす

 

・楽しくてひとりぽっちの夏が来る

道元は西暦1200年生まれですから、
いまから816年前、
計算しやすい。
朝、
道元の『正法眼蔵』を読んでいると、
たとえば行持、修行について言っている箇所など、
新井奥邃を初めて読んだときの
清々しさとでもいうのか、
清新の気に触れるような具合で、
ありがたく感じます。
96歳で亡くなった哲学者の森信三が、
『奥邃廣録』を
『正法眼蔵』のようなものか
と、
たしかどこかで触れていたはずと記憶しており、
いつか読もうと思っていたのが、
やっと実現した形。
本を読もう、
もっと本を読もうというとき、
本に封じ込められている今が、
何百年、
千年の時を超え、
ページを繰るほどに融けだしてき、
現在の今と過去の今が同期することは、
替えがたく
うれしく楽しくありがたい。

・梅雨明けて精いっぱいの雲がゆく  野衾

顔で採る!?

 

・物語いよよ始まる夏木立

半ば冗談だとは思いますが、
春風社は顔で採用しているのですか?
と、
このごろ数名の方に訊かれました。
そう問われると、
そうではない
と否定するのも気が引けるけれど、
かといって、
そうだよ
と開き直るのもどうかと思うし、
したがって、
今のところ、
美人ぞろいですね
の、
ほめ言葉としての質問と受け止めています。
「美人の方募集」
なんて広告出したら、
どっかからこっぴどく
とっちめられるんでしょうね。
「美しい方募集」
なら、
精神的なものも含めてすべて、
ということでOKか?
ダメか。

・むつと来る夏草刈りの匂ひかな  野衾

BGMの蟬

 

・休日の四時を過ぎたり端居かな

お、今日が鳴き始めか、
と思ったのも
束の間、
このごろは、
ふと立ち止まって、
蟬くんどうした? と意識して初めて、
ああ鳴いてる鳴いてる
と。
いつの間にやら
一つの環境になっているのでした。
こういうことって少なくないかもしれません。
中原中也の詩「羊の歌」

こんなくだりがありました。

それよ、私は私が感じ得なかつたことのために、
罰されて、死は来たるものと思ふゆゑ。

あゝ、その時私の仰向かんことを!
せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!

・瓜かじり飛び散る汁や鼻の下  野衾

蚊と木魚

 

・はらぺことたらふくせわし蟬の腹

漱石の句に、

・叩かれて昼の蚊を吐く木魚かな

があり、

大田南畝の句に、

・叩かれて蚊を吐く昼の木魚かな

があります。

大田南畝の南畝は号で、
蜀山人も号。
たしか教科書で習ったような。
江戸時代の文人で、
漱石よりも前の時代のひとですから、
漱石は、
南畝の句を知っていて、
単語の並びをちょっと替えてみた
ぐらいのところでしょうか。
いまなら盗作と騒がれるでしょうね。
それはともかく。
どっちの句がいいかということになると、
わたしの好き嫌いのハカリは
南畝のほうへすこし
傾くかなぁ。
まぁ漱石のも悪くはないのですが…。
これは実地検分し
句の味を実証的に確かめるのが一番かと。
そこで、

・蚊を入れて叩いてみたき木魚かな  野衾

 

・かき氷あります江戸の暖簾かな

朝から蟬が鳴いていて、いよいよ夏本番。
一昨日だったか、
ずいぶんデカい声で鳴いてるなぁ
と思い、
窓に近づいて見上げたら、
ベランダの天井に張り付いているのでした。
だんだん腹をぷくーと膨らませたり、
平らにしたりしながら、
ミーンミーンミーンミーン。
写真を撮ろうとスマホを弄っているうちに、
どこかへ
飛んでってしまいました。
近くの階段では、
務めを終えた蟬が体を二つに割られ
死んでいました。

・草の香や蟬が鳴いてる鳴いてるよ  野衾

本の旅

 

・靴下を干しサンダル履きの裸足かな

このごろは、
近場でウォーキングをするぐらいが関の山、
旅らしい旅を
あまりしなくなりましたが、
本を読んでいて、
ああこの感じ、
ちょっと旅に似ているなぁ
と思うことがあります。
古いものを読む機会が増えまして、
そうすると、
旅が地理的な移動であるのに対し、
本は、
本を読むことは、
時間的な移動といっていいかもしれません。
ページを繰っているうちに、
どこでもドアならぬ
どこでも椅子、
魔法の絨毯ならぬ
魔法の椅子、
愛用の椅子がタイムマシンになって
時間旅行の扉がひらきます。
いまは鎌倉時代を
ぽちぽち歩いています。

・梅雨の季の最後っ屁のごと雨止まず  野衾

牛乳

 

・擬態とや灰色の蛾がドアの下

牛乳は子牛が飲むものと決めているので、
自分で買って飲むことはありませんが、
自作アイスコーヒーに
入れてみようかと、
何十年ぶりかで牛乳を買いました。
デカいパックを買いまして、
アイスコーヒーに入れても残りましたから、
牛乳単独でグラスに入れ
久しぶりに飲んでみました。
お、
美味しい!
何十年もナマズにいた
いや
飲まずにいたあいだに、
こんなに美味しくなっていたとは。
いやはや。
わたくし、
思い込みの激しい人間でありまして、
思い込んだとなると、
続けるものは死ぬまで続け、
やめるとなったら
だれが何と言おうと断固やめる性分が災いし、
知らぬ間に
進化発展を遂げているものが
他にあるやもしれません。
なんかないか。
なんか。
と。
ん!?
くさや。
くさやはどうだ。
あれだけは絶対食えない
と決めてから、
これまた二十年以上たちますが、
ひょっとしたら
ひょっとして…。

・香水の香や二の腕の近かりし  野衾

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