俳は歪

 

・知らず知らずここまで来たる薄暑かな

幸田露伴の『評釈 芭蕉七部集 冬の日』を読んでいましたら、
俳句の俳は歪につながる
とありまして、
歪は歪曲の歪だなあ、
てことで、
思い出したのが『連句茶話』
著者の鈴木漠さんが「古い毛や」
もとい、
「古池や」の句について、
目から鱗の記述をされていたからです。
「古い毛や」
もとい
「古池や」(しつこい!)
といえば、
いわずと知れた松尾芭蕉の有名な句でありますが、
かわずは古池に飛び込んだか
飛び込まなかったか、
なんて
いろいろ解釈がありそう、
いや、
ありまして、
わたしも何冊か読みましたけれど、
それはともかくとして、
鈴木さんによれば、
かわずといえば、
古来よりカジカガエルを指し、
谷川の岩間に棲んで美声を発するのだそうです。
わたしも、
田舎の山奥で聴いたのかもしれませんが、
これがそうだと知って聴いたことはありません。
谷川を流れているのは清水、
だから、
かわず(蛙)が飛び込むのは
常識的には清水、
それが清水でなく古池としたところがミソというかキモで、
滑稽味を重んじる俳句ならではであると。
合点がいきました。
そういうことも教えてもらった『連句茶話』
わたしの書評が
今週発売号の『図書新聞』に掲載されますので、
よろしければどうぞ。

・黒々の好物につく金の蠅  野衾