母と子

 

・上り来てくたり真似たき薄かな

ある個人院でのこと。
息子に連れられ
老母がやってきて
受付前のベンチに座っておりました。
看護婦の話しかけから想像するに、
家で転んだかして腰をしこたま打ってしまったようです。
診察の順番になり、
また看護婦がやってきました。
息子に支えられ立ち上がり二歩、三歩。
もう動きません。
「歩けるだろ。歩けよ!」
怒鳴り口調で息子が言います。
「痛い。痛い。歩けない…」
「ほら。支えてやるから」
「痛い。痛い。歩けない…」
「無理をさせてはいけません。車椅子を持ってきますね」と看護婦。
その後、
車椅子に乗り
診察室へ移動していきました。
しばらくして車椅子に乗せられた老婆と
七十は越している男性、
車椅子を押す看護婦が目の前を横切り外へでて行きました。
そんなことがありました。
あのおばあちゃん、
たしかに痛かったのだとは思います。
しかし、
ベンチから立ち上がり
二歩、三歩と歩いたことから察するに、
その後の痛がり様は
並大抵でなく、
また、
息子の話し掛けのときの
棘は鋭く、
痛いことは痛かったろうけれど、
ある含みのある
痛さだったかと思われます。
息子よ。
息子よ。

何か訴えていたようです。

・こっちゃ来い銀色ゆかし薄かな  野衾