十文字学園再訪

 

・新座まで雲行く秋を眺めたり

出版の打ち合わせのため、
埼玉県新座市にある十文字学園女子大学へ。
おととしの前期に講座をたのまれ
足しげく通いましたので、
ひさしぶりに訪ねるキャンパスは懐かしくもあり。
学長の横須賀先生とは、
わたしが高校教師をしていたときに
講師としてお招きして以来ですから、
すでに三十数年のつきあいになります。
立派な学長室で打ち合わせを終えるや、
「三浦さん、散歩しませんか」
「はい」
「今年の春にサッカー場が出来ましたから、散歩がてら見に行きましょう」
「はい」
学長と二人、
広々したキャンパスを歩き、
林を抜け新設なったサッカー場へ。
公式の広さゆえ、
オリンピック競技も可能なのだとか。
だれもいないサッカー場に風が吹いています。
四方の木々はざわざわと風に揺れ。
木々の間から武蔵野線の電車が見えます。
立ち止まり、歩きながら
ぽつぽつお話をされましたが、
とぎれてもとくに苦痛というわけでなく、
むしろ、
だまって歩いている二人をどこかからだれかが見ているような、
そんな気さえしてきます。
横須賀先生もひょっとしたら、
同じように感じておられたかもしれません。
夜は副学長も交え、
以前連れて行ってもらったことのある
うなぎ・割烹の島田屋さんへ。
おいしい料理、ふぐの鰭酒をいただきながらの、
林竹二、斎藤喜博、竹内敏晴と直に接したエピソードは、
わたしにとってまさに宝。
酒は程よく回っていましたが、
ひとつも聞き漏らすまいと楽しく緊張しておりました。
このごろよく感じますが、
ながくつきあって
初めて見えてくることが少なくありません。

・十文字プラスの庭の落ち葉かな  野衾

おとなりです。

 

・いわし雲吾に呼びたき心地せり

腹に据えかねることのあり、
むしゃくしゃしたまま家路につき、
くそったれえ、
気分転換をと、
駅近くスーパーマーケットに立ち寄りまして
菊水ふなぐち黄金缶三本を買い物籠に。
あと少々のつまみを。
レジに並んで籠を差し出し
鞄から財布を出して見上げると、
おねえさんの左胸の名札に
「おとなりです。」
ん!?
おとなりです?
はて?
とりあえず、
辺りをきょろきょろしてみました。
とくに隣がどうということもなさそう。
どいうこと?
隣のレジに居るおねえさんの名札を見ると、
「もりです。」
名札には、
あたりまえに名前が書いてあります。
あたりまえです。
名札なんですから。
ということは。
おとなり、という名前?
「あのー…」
「はい」
「つかぬことをうかがいますが、
おとなりというのは、
漢字でどう書きますか?」
おねえさん、
あわてず騒がず、しかもやさしく
「はい。甲乙の乙という字に平成の成の字を書きます」
「ああ、なるほど。乙に成で、おとなり…」
「はい。長崎の対馬地方に多い苗字です」
「そうですか。ご両親が対馬ご出身だとか?」
「はい」
おねえさんは心なしか微笑んでいます。
長崎の鐘は鳴り、
鐘は鳴り、
腹にあった腐敗性物質がようよう揮発し始め。
おとなりさんの乙は、
甲乙の乙でなく、
乙姫の乙でもあります。
いや。
乙姫の乙でなければなりません。

・夜に入り階《きざはし》一歩秋来る  野衾

一献

 

・往き帰り野毛界隈は秋に染《そ》む

社業17期に入りましたので、
社内で一献。
若い人の話を聴きながら、
苦しくても
(って、
そんなには苦しくありませんでしたが。
病気のとき苦しかった!)
編集の濃度を下げずにやってきてよかったと思いました。
むかしならいざ知らず、
出版はけしてもうかる商売ではありません。
が、
出版不況と叫ばれながら、
食べていけない商売でもないというのが、
16年やってきての結論です。
今のところ倒産してないから言えるわけですが。
おカネはそんなに入ってこなくても、
面白いか面白くないか
ということなら、
こんなに面白い商売はないと思います。
とくに春風社は
学術書中心でやっていまして、
ということは、
ライフワークとして研究していることの成果が
本になっている場合が多い。
その内容をじかに読み、
じかに聴き、
自分では体験できない世界に参入することができます。
子どものこころで
本をじっくり読むことと地続きです。
そんなことをつらつら
思っているうちに、
酒も程よくまわっていました。

・秋風や計画したることもあり  野衾

重い靴

 

・雲白く家路さやけし実紫

おとといまでデッキシューズを履いていたのですが、
急に寒くなりまして、
夏の恰好から秋のものに換え、
併せ、
靴底を張り替えておいた
ホワイツの靴を棚から下ろしました。
デッキシューズがタッタッタッ…
なら、
ホワイツの靴はズンズンズン…。
走らなければならない場面でも、
けしてタッタッタッ…
とはならず、
ダッダッダッダッ…。
ところが、
一歩一歩の踏み出しと
着地するときの
足裏の接地感覚の快となると、
重さあっての賜物と思わずにいられません。
秋はいろいろ見るものが多く、
ゆっくり歩きたいので、
ホワイツの靴は欠かせません。

・虎河豚やあっぷうぷうの顔したり  野衾

九十九里再訪

 

・稲刈りの手順を床の中の叔父

先週金曜日は石橋と石橋のふるさと九十九里浜へ。
勤めをしながら四十年間利根川の写真を撮り続けてきた塙紘さんに会いに。
紹介してくださったのは
写真集『九十九里浜』『クジラ解体』の小関与四郎さん。
横芝の駅に着くと、
お二人が迎えに来てくださっていました。
塙さんの車に同乗させてもらい、
以前もご馳走になったことのある定食屋へ。
この日は背黒イワシの入荷がなく、
アジフライ定食をご馳走になりました。
小関さんを師と仰ぎ、
母のふるさとである利根川を撮り続けてきた塙さんでありますが、
なんと、
塙さんのお父さんは、
石橋が中学校を卒業し定時制高校に通いながら勤めた病院の
上司でありました。
たしかに。
世界は広いけれど、
世間は狭い!
それと。
すばらしい写真を
つぶさに見させてもらい感じたのは、
日本(だけではない)の文化は、
古来、川と海にあったし、
今もあるということであります。
塙さん畢生の写真集『利根川を往く』を
春風社からだすことになりました。
タイトルは小関与四郎さん。

橋本照嵩『石巻かほく』紙上写真展
の三十二回目が掲載されました。
コチラです。

・秋深しぞろり台湾栗鼠二匹  野衾

17期

 

・窓たたく台風か否ただの風

弊社は1999年10月1日創業ですので、
昨日より17年目に入りました。
この間、
出版界はますます
昏迷の度を加えてきましたが、
業界4位の取次である
栗田出版販売株式会社の倒産は、
このごろの大きな事件でした。
1位から3位にしたって
安閑としていられないはず。
書籍にかかわるマンモスのようだった
再販売価格維持制度も
大きく変わらざるを得ないでしょう。
書籍はほかの商品と違う
とみなすことが、
そもそも驕りであり、
たてまえにすぎなかったことが
世間に浸透してきたのは、
いいことだと思います。
本だけ特別なわけはないですから。
隠れ蓑にしているひとがいるのでしょう。
変化の原動力はインターネットで、
それが結局のところ、
電子書籍でなく、
紙の本の価値を再認識させる契機になっています。
この欄を読んでくださっている方には
耳だこかも分かりませんが、
読んでおもしろく、
ためになるような本を作りつづけたいと思います。
これからも
どうぞよろしくお願いいたします。

橋本照嵩『石巻かほく』紙上写真展
の三十一回目が掲載されました。
コチラです。

・昏き方おいでおいでの薄かな  野衾

のどじまん!ザ・ワールド

 

・ほぐしては箸に載せたる秋刀魚かな

テレビをつけたら「のどじまん!ザ・ワールド」
クリス・ハートさんは、
この番組で優勝し
日本で歌手生活を送っていますが、
彼につづけとばかりに
いやはや
凄いひとたちが登場します。
今回優勝したのは、
インドネシアからやってきたファティマ・ザハラトゥンニサさん。
優勝曲は、
いきものがかりの「ブルーバード」
いきものがかりは
好きなグループなので、
どんなふうに歌ってくれるかと
興味津々で見ていたら、
歌いだしから
ブルッと鳥肌が立ちました。
歌が進行していくうちに、
なんだか
神がかってゆくようで、
見ていてだんだん目頭が熱くなってきます。
ファティマさんのプライベートは
まったく分からないわけですが、
凄い歌にふれるといつも感じるのは、
人生の喜怒哀楽、
謙虚。
自分の驕りが流されていくようで嬉しくなります。
勝手に想像がふくらみ、
彼女の悲喜こもごもを思わずにいられません。
クリス・ハートさんを初めて見たときもそうでした。
ファティマさん、
また歌ってくれないかしら?

・食べ方の綺麗を競ふ秋刀魚かな  野衾