鴨居玲的

 

・五月雨やベランダの蟻仕事せり

保土ヶ谷駅ホームにて。
電車を降りても、
読みかけた文庫本の
段落の区切りまで読んでから栞を挟みたくて、
数分、行を追っているうちに、
だいたいだ~れもいなくなっています。
それからひとりゆっくり駅の階段に向かいます。
ふと見ると、
ホームに設置されたベンチの近く、
腰を「く」の字のごとく折り、
顎を「し」の字のごとくしゃくって、
固まっている老人がありました。
鴨居玲の「酔って候」のまんまではないか!
しばし見とれてしまいました。
そのまま彫像にしたいぐらい、
恰好があまりに決まっているではないか!
が、
彫像にあらず、
酔漢にあらず、
老人の左手には、
水筒のようなるプラスチック製と思しき器が把持され、
右手で「く」の字の角にある
自身の性器をつまみ
容器に当て、
顔を菊の花のように顰めながら
用を足しているのでした。
年をとればだれだって尿が近くなる。
保土ヶ谷住まいのわたしは
すでに程近く。
用を足したいときにトイレがないと
超焦る。
だったら、
トイレを携帯するしかないではないか。
老人の声が聞こえてきそう。
人に迷惑をかけるわけでなく、
裸を公衆の面前に曝しているわけでもないのだから、
なんら問題はないはず。
なれど、
鹿威しが鳴ったら元の木阿弥。
最後の一滴漏らすなよ。
ズボンの股を濡らすなよ。
ポットの蓋を忘れるな。
家で老妻待っている。

『おうすいポケット 新井奥邃語録抄』の刊行にあたり、
神奈川新聞文化部の柏尾安希子さんが
取材記事を書いてくださいました。
コチラです。

・五月雨の降り残しなき御殿山  野衾