Archives : 7月, 2015

生き物

 

・晶晶と玄なる淵の蜥蜴かな

野生の生き物がいるとわくわく。
朝、
出掛けにバッタを見ました。
茶色いバッタ。
幸先がいいぞ。
虎猫はいつものように、
しどけない恰好で寝そべっています。
朝からむっつり。
そんな顔で見るなよ少しは笑ってくれよ。
蝉しぐれが降ってきますから、
その辺に
いっぱいいるのでしょうけれど、
声のみ浴びて坂を下りることにします。
蝉の声ならだいじょうぶ。
いくら大きくても、
五月蝿いと感じません。
わたしが初めて蝉の声を聴いたのは、
昭和三十三年夏。
なぜなら、
わたしは昭和三十二年十一月生まれだから。
記憶はしていませんが、
これだけ大きな声を発するのですから、
意味でなく、
体の奥の奥のほうに
深く刻まれたのではないかと思われます。
そのせいかどうか分かりませんが、
公園の横を通るとき、
神社や寺の境内を散歩しているとき、
公民館を掃除しているおじさんを見かけたときに、
蝉の声が聞こえてくると、
慣れた風景でもちがって見え、
とても懐かしい気がします。
沁みてきます。
しずかさが極まります。
さてそれから。
桜木町本町小学校横の階段で、
玄なる蜥蜴を見ました。

橋本照嵩『石巻かほく』紙上写真展
の二十四回目が掲載されました。
コチラです。

・蟹なれば目と目が離れ過ぎてをり  野衾

紙をよむ

 

・蝉つまむ羽の根元の強きかな

電子書籍が登場して以来、
紙の本、電子の本といういわれ方もされますが、
紙の本を読むというのは、
紙に書かれた文字を読むというよりも、
紙そのものを読んでいるのではないかと
このごろとみに感じます。
どの本でも
というわけにはいきませんが、
たとえば、
手塚富雄さんが中心になってされた仕事、
河出書房新社からでた
ヘルダーリン全集がそうでした。
詩や書簡類を読んでいるうちに、
紙の精神が上手に汲み取られ、
人間にもわかる言葉に置き換えられたものを読んでいる、
そんな気がしてくるのです。
ケータイやパソコンのメールでなく、
手の紙を読むような感覚にちかく。
アーダルベルト・シュティフターの『晩夏』も
そのような一冊。
こちらは、
藤村宏さんの訳で、
筑摩書房からでています。

・ゆらゆらと酷暑に向かふ旭日かな  野衾

提案

 

・Tシャツにまだら模様の汗をかく

前から思っていたことですが、
あらゆる駅とあらゆる電車内のアナウンスを、
一年に一度だけでも
取りやめにしてもらえないものでしょうか。
提案します。
抵抗はもちろんあるでしょう。
しかし、
連日あのほとんど無意味な
ガーガーガーガー
ボリュームを大きくしてがなりたてる
アナウンスの洪水に曝されていると、
ほんと頭がおかしくなるよ。
「この電車は桜木町駅止まりです。
この先へお越しの方は、ホームの反対側でお待ちください。
9時25分発の磯子行きがまいります」
ていうの、
どれだけの人が必要としているでしょう?
アナウンスがなくても、
ちょっと考えれば
わかることではないですか。
また、
電車が数分遅延しただけで、
もうたいへん。
何らかの事故により数十分、
一時間遅れようものなら、
第三次世界大戦が勃発したぐらいの大騒ぎ。
遅延したことにより
洗脳でもするつもりかというぐらい、
何十回、
ひょっとしたら
百回をこえて繰り返すことになる。
挙句の果てに、
同じ情報で申し訳ないみたいなことまで言う。
だったら言うなよ!
うるさいったらありゃしない。
怒り心頭。
このごろは電光掲示板があちこちにあり、
車内にもあるわけですから、
そちらで知らせることを徹底すれば、
あの馬鹿みたいなアナウンスを減らせるんじゃないでしょうか。
とにかく少し静かにしてくれ。
沈黙をください。
無意味な垂れ流し言葉は、
戦争したがりの、
微笑が不気味な安倍だけで腹いっぱいなんだから。

・坂道を上り下りして土用過ぐ  野衾

焼き鳥屋

 

・早出でて風情恨めし夏の月

JR保土ヶ谷駅ちかくの踏み切りのすぐそばに、
けっこう昔から
風情正しき焼き鳥屋があります。
もうもうと煙をだし、
いい匂いをくゆらせ、
汗を拭き拭き
夫婦してせっせと焼いています。
踏み切りで足止めを食らうと、
どうしても、
鼻先が焼き鳥の匂いに釣られていきます。
ずいぶん前になりますが、
「とうちゃんがいなくなりましたので、しばらく店を休みます」
と貼り紙がしてありました。
ええええっ??
って驚きましたが、
冗談にしても、
ふるっているなあと感心しました。
数日してまた元のように
煙がもうもう立っていましたから、
大事に至らず、
めでたくとうちゃんは戻ってきたのでしょう。
それはさておき、
焼き鳥を串からグイと歯でズラせ、
ひと噛みふた噛みみ噛みして、
さらに、
はち噛みく噛みとお噛みののち、
ゴクンと嚥下、
さあそこで、
生ビールのジョッキをおもむろに手に持ち、
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。
ったあ~~!
こでらえね~!!
痛風が怖くてビールが飲めるかっ。
てか。
でも痛風は、
やっぱり痛いし怖い。

注)「こでらえね」は、秋田の方言で、
なんともいえないぐらいに美味しいの意。

・暑き日や電信柱の影に入る  野衾

ヘーゲル

 

・真っ直ぐの道も歪める酷暑かな

ヘーゲルといえば
『精神現象学』などを書いた、
ドイツが生んだ大哲学者。
ですが、
いつごろ初めてあの肖像画に接したのか、
なんて怖そうなお爺さんだろう
って思いましたね。
ぎろりとした目がこちらを睨んでおり、
この爺さんに、
こんな顔で睨まれた日には、
そのまま固まって動けなくなってしまうよ、
そんな風にも。
ところが、
この怖そうなヘーゲル爺さんにも
若い頃はあったわけで。
ヘルダーリンの全集を読んでいると、
ヘーゲルがしばしば登場します。
親友といってもいいでしょう。
ヘーゲルからヘルダーリンへの、
ヘルダーリンからヘーゲルへの
手紙は、
友を思う気持ちが伝わってきて嬉しくなります。
ヘルダーリンは、
家庭教師の就職口を
ヘーゲルに紹介したりもしています。
あの厳つい怖そうなヘーゲルですが、
友を思う気持ちと行いは
誠意に満ち、
若い頃は、
思弁哲学よりも詩的想念に憧れていたふしがあり、
実際のところ
詩を書いてもい(!)ました。
ヘルダーリン全集の四巻目には、
ヘーゲルが書いた詩も収められています。
同時代、
しかも親友
ということであれば、
お互いに影響しあうほうが
むしろ当然で、
ヘーゲル哲学の底には、
叙情の川が滔々と流れているのでしょう。

・彼も吾もしかめっ面の酷暑かな  野衾

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三浦衛(みうら・まもる) 春風社代表にして自慢大王&悪ノリ大王。体調のいいときは自らを天才と称し、不調の折はちりあくたにも劣るヤツとしょんぼり。

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三浦衛の本


『カメレオン』
 三人ときどき声にならぬ声を洩らし/とろけ とろけ 唾までとばし/クヂるとナメるとネヂるとチョす…(「鳶」) 自在に色を変え、不意に突き刺さる、軽妙なことばの戯れ。秋田方言満載の詩集。本文は金属活字による活版印刷。


『マハーヴァギナまたは巫山の夢』
 三平佐世夫は、千一夜の夢うつつで女と戯れ、印度に旅し、睾丸を抜かれ、鰐を飼い、横浜を彷徨う。言語の崖っぷちを綱渡りする、めくるめく冒険。本文活版印刷に美麗造本を施した平成の大奇書。


『父のふるさと』
 父の目に映じた故郷の風土、ひと、くらし、農事を、愛惜をこめ描きだす。本文は金属活字による活版印刷。「身と蓋函」に納める。


『出版は風まかせ』
 横浜の出版社「春風社」社長が本づくりと会社経営にまつわるエピソードを豊富におりまぜ、創業から10年を振り返る。