一生の願い

 

・裏道に陽の当たりをり花の野毛

ジョイスが妻と友人と三人でドライブに行った折のこと、
友人の運転する車を右へ左へ指示し、
あるレストランの前に停まった。
飲んだくれのジョイスの体を気遣う妻の忠告を無視し、
「ボトル一本だけ!」
妻のノラは、猛烈に反対する。
ジョイスは十回もの眼の手術をしており、
その頃すでに失明も危ぶまれていたからだ。
ジョイスは、
妻をレストランにひとり残し友人を暗いところへ連れ出す。
「バード、ぼくはもう君の顔を見ることはない。お願いがあるんだが」
「ぼくにできることなら……。でもこの先何度も会う機会はあるでしょう?」
「会う機会はね。でも、ぼくは明日チューリッヒへ行って、また手術を受ける。
今度はもう失明してしまいそうな気がする。
だからもう君の顔が見られないと言うんだ」
バードは不器用に彼を安心させようとした。そしてお願いとは何かと訊いた。
ジョイスは彼の腕を摑むと嬉しそうに、
「戻ってもう一杯やろう」と言った。
友と酒を飲むことが一生のお願いだったのだ。
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このエピソードを読んで思い出したことがある。
わたしが大学二年生、
弟が予備校に通っていたときのこと。
ひと月四万円の古い小さな木造の建物を借りて住んでいたのだが、
あるとき、弟が言った。
「兄貴。一生のお願いがある」
「………。なに?」
と平然を装ったものの、背筋に緊張が走った。
「なに? なによ?」
「……………」
「なんだよ。言ってくれよ」
「明日、パチンコに付き合ってくれないか?」
「へ?」
「だから、明日、パチンコに付き合ってくれないか?」
「は~?」
「ダメが?」
「ダメじゃないけど、一生のお願いって言うがら……」
というようなやり取りがあり、
翌日十時の開店を目指しパチンコ店に赴いた。
夜までやって、
二人合わせて八百円ぐらいの
プラスではなかったか。
弟に言われたそのときは、
大げさなことを言うなあと思ったけれど、
日を重ね年を重ねるたびに、
一生の願いがパチンコ店への誘いであったことは、
ジョイスに負けぬほど、
なかなか気が利いていると感心する。

・春の野と口に上せて黙しけり  野衾