ジョイスとレーニン

 

・鶯や天園に降る寂の声

宮田恭子さん訳、リチャード・エルマンの
『ジェイムズ・ジョイス伝』は、
本文九〇〇ページ上下二巻の大部の本ながら、
とにかく細部が面白く、
わくわくしながら読んでいる。
とくに人と人との出会いに目を瞠る。
一九一七年の章を見ると、
ジョイスが出入りしていたチューリッヒのカフェ・オデオンには、
レーニンが常客となっており、
一度二人は会ったという証言もあるという。
一九一七年といえば、
ロシア革命の年であることは、
中学生でも知っている。
その年の四月三日にレーニンは亡命先から帰国し、
以後、激動の革命史を生きていくことになる。
エルマンの『ジョイス伝』にこうある。
「三月には、レーニンを封印列車でモスクワへ運ぶルッセンツーク号が
チューリッヒ駅から出発した。人びとはあとになって、
だれもその時気がつかなかったことを思い出した」
何日とは書いていないが、
この日、歴史は大きく動き出した。
また、
人間の無意識と無関係であるはずがないジョイスが、
精神分析を胡散臭く思っていたり、
ユングが『ユリシーズ』を
さほどの作品と思っていなかったり、
ジョイスとプルーストの出会いのシーンなど、
ゆっくりゆっくり読まずにいられない。

・曇天に白木蓮の華やげり  野衾