紫の山

 

・かっち山ふるさと匂う薄霞

一年のこの時期になると必ず思い出すのが、
秋田在住の叔父が小学生だった頃のエピソード。
季節のめぐりが遅い秋田のことですから、
時期はもう少し後でしょうが、
霞がかかったふるさとの山々は薄紫に見えます。
見えることは見えるけれど、
それを画用紙に描こうとすると、
技術の拙い小学生ではなかなか難しい。
小学生だった叔父は、
山が紫に見えたので、
画用紙に紫の絵の具を塗りたくった。
それを見た担任の先生が、
叔父の頭を
ガツンかコツンかポコッか分からないけれど、
殴った。
叔父は納得がいかない。
山が紫に見えたから紫の山を描いたのに、
なんで殴られなければならないのかと。
その話をわたしは、
叔父といっしょに酒を酌み交わせるようになってから聞き、
そのときは
大口を開いて笑っただけだったが、
あとから思い返すたびに、
笑いは薄くなり、
かわりに底から
哀しみのようなものが浮いてくる。
叔父がそばにいてくれるお蔭で、
農作業はもとより、
父も母も大いに助かっている。

・山紫に塗り子の叔父殴られり  野衾

旧交

 

・春眠を脱ししばらく眼に涙

『戦前感化・教護実践史』の共著者の一人、
藤原正範さん来社。
現在、
鈴鹿医療科学大学の教授ですが、
2005年までは、
家庭裁判所の調査官を務めておられました。
『戦前感化・教護実践史』は二〇〇〇年一二月の刊行。
弊社が創業してほぼ一年経った頃のことで、
会社がまだよちよち歩きの状態ながら、
一生懸命作った本でした。
担当は武家屋敷。
藤原さんはその後、
少年事件の専門家として
他からも著書をだされておられますが、
ありがたいことに、
大事な出版の打ち合わせのために
お越しくださいました。
しばし旧交を温め、
いい本を作るべく、
別れしながっしりと握手。
楽しい時間でした。

『石巻かほく』紙に
「橋本照嵩写真集『石巻』紙上展」の三回目が掲載されました。
コチラです。

・前を行くコートの色も華やげり  野衾

印刷立会い

 

・春眠は電車内でも心地よい

写真集『新版 北上川』の本刷りの立会いに、
武蔵浦和の印刷工場へ。
カメラマンの橋本さん、
装丁家の桂川さんもお越しくださいました。
全紙サイズでの印刷ですから、
B5判32ページが一度に刷られます。
二百数十ページの本も、
表と裏十四の金属判を用意し、
判を合わせ、
七枚の全紙を印刷すれば済むわけですが、
墨色の微調整がとても難しく、
そこは、
印刷特性に詳しい桂川さんが同行してくれたおかげで、
こちらの希望が、
印刷オペレーターに的確に伝わり、
インクの匂いが立ち込める工場内の、
大型印刷機から、
つぎつぎに刷りだされる紙のページを見、
ほれぼれぼれ。
これは、
これは、
いい写真集になるぞー!!
の静かな感動を、
おそらく三人ともが共有し、
印刷オペレーターにお礼をのべ、
工場をでた後、
あらためてそのことを口にし、
にんまり。
今日は両国にある工場で、
表紙周りの印刷が行われることになっており、
橋本さん桂川さん
両氏が立ち会ってくれます。
わたしも行きたいところですが、
来客の予定があり、
お二方に一任しました。
写真集の出来上がりが待ち遠しい。
乞うご期待!

・池袋赤羽浦和春だよなあ  野衾

点と点と

 

・白梅に話しかけては沈みがち

実体験も読む本も、
いわば一つの点と感じられ、
点を掘ったり踏んだり
這い回ったりしているうちに、
倦んできて
子どもじみて気が移り、
ほかへピョン。
んでまたそこでも掘ったり踏んだり這い回ったり。
で、ほかへピョン。
しているうちに、
相互浸透なる化学変化がわが身においてなされるのか、
やがて変容のときがやってきます。
機かな。
待つこと。
ときどき巫山戯て遊んでも、
だれにも内緒で待つ
ことは、
子どものときから
してきたことで、
何度目かは忘れてしまったけれど、
いままた。
アーサー・シモンズの『象徴主義の文学運動』は、
(山形和美さん訳です。平凡社刊)
点と点を結ぶ線
に現れたかのごとく、
なんとも言いようがなく面白い。

・富士山は頭悪いと嘆きけり  野衾

『荒地』の翻訳

 

・口開けて雪解雫を待つこころ

日本の戦後詩を考える場合、
T・S・エリオットの『荒地』を抜きにする
ことは出来ないわけで、
これまでもいくつか翻訳があり、
ぱらぱら眺めてきましたが、
割と最近(といっても五年前ですが)
岩波文庫で岩崎宗治さんの新訳がでましたから、
さっそく読んでみました。
なんというか、
原詩を読んでいないのに、
こんなことをいうのは
いささか、いや、
相当変かもしれませんが、
日本語として読む限りで申し上げますと、
肩の力が抜けてスッキリしており、
原詩を慈しむように訳されておられる印象を持ちました。
「訳者あとがき」に、
「加藤周一は、西洋の詩の翻訳が現代の日本の詩の大混乱の一因ではないか、
とりわけエリオットの『荒地』の日本語訳は「詩というものについての
誤解の種をまきちらした」のではないか、と言っているが、
「誤解」があったとすれば、それは『荒地』の問題だったのか、
紹介のされ方の問題だったのか、時代の精神風土の問題だったのか」
とあります。
詩を読んで理解するとはどういうことか、
改めて考えさせらた次第。
この本の参考文献リストに、
二〇〇七年に春風社から刊行された
中井晨先生の『荒野へ 鮎川信夫と『新領土』Ⅰ』
が取り上げられていました。

・雪解を待ちにし道の乾きけり  野衾

通帳

 

・白梅やいにしへ湛へ光りをり

このごろキャッシュカードはよくつかうものの、
通帳は、
引き出しの中に眠らせておく
ことのほうが多く、
それが何年も続くとなると、
もはや
その存在すら忘れはて、
再発行してもらったのはよいけれど、
程もなく後から出てきて
ありゃりゃりゃりゃ。
名前が変わってしまった銀行の通帳もあり、
ぱらぱらめくっていると、
少ない数字と
記号みたいな単語が刻まれており、
自分がなした行いが
釈明しようもなく量られているようで、
面白くもあり、
また寂しくもあり。
日記はウソをつけますが、
通帳はウソをつくのが難しい。

『石巻かほく』に写真集『石巻』紙上展の二回目が掲載されました。
コチラです。

・白梅や濁り落として雨上がる  野衾

シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店

 

・NHK地味なる娘雪を告ぐ

書名が
『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』
著者は、
一八八七年生まれのアメリカ人女性シルヴィア・ビーチ。
一九一七年にフランスに渡り、
一九一九年、
たまたま知り合ったフランス人女性・アドリエンヌ・モニエ
の助けを得、
パリで小さな書店を開く。
書店とはいっても、
本の販売だけでなく、貸し本業、出版業も兼ねていた。
その後、
一九四一年、
ドイツ軍のパリ占領によって閉鎖するまでの二十二年間
二十世紀を代表する作家、詩人、評論家たちの、
いわばサロンを提供することになる。
この本に登場するよく知られた作家の名を挙げてみれば、
アンドレ・ジッド、ポール・ヴァレリー、ヴァレリー・ラルボー、
ジェイムズ・ジョイス、エズラ・パウンド、T・S・エリオット、
スコット・フィッツジェラルド、
アーネスト・ヘミングウェイなどなど。
英語圏では発行禁止になったジョイスの『ユリシーズ』は、
シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店で出版されることになる。
本が好きな無名の若きアメリカ人女性の作った書店が、
なぜそれほど
表現者たちを惹きつけるだけの魅力を持ったのか、
その秘密がこの本に書かれている。
わたしがこの本を知ったのは、
精神科医の中井久夫さんに依頼し
ご寄稿いただいた原稿によってである。
中井さんは著名な医学者、精神科医であるが、
本好きであることにおいても人後に落ちぬ方であると知った。
本にまつわるなんとも言えぬ
美味しい行き交いが記されており、
読んでいてこんなに楽しい本はそうそうない。
速くは読みたくない本だ。
カバーの袖に
「本を愛するすべての人に捧げる」
とある。

・予報雪なれど降らずの窓を開く  野衾

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