・天上より鬼見る下は秋祭り

何度目かの江の島にやってきた
『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』
のロケでつかわれた
江ノ島亭で早めの昼食をとる
鳶が
亭の窓からわずか三メートルほどのところまで近づき
マンタのような露わな腹を見せ
旋回しては遠ざかり
また寄ってくる

江ノ島は数度来ただけだから
忘れてしまったわけではない
が はっきりと覚えている わけでもなく
忘却と記憶の渓
幽かで隠微な接触面を滑っていく
クヂル ナメル ネヂレル チヨス

鳶が二羽上空で 交叉しつつ 落ちていく

メキシコ人のような女三人
手話で話している
一人は紺と黄のチェックのシャツ
一人は黒のカーディガン
髪の長い一人はまだ若く黒のレギンスにジーンズのミニスカート グレーのヨットパーカー
三人ときどき 声にならぬ声を漏らす
ハッ ハッ
バッ バッ
アッ アッ アッ
フッ フッ フッ
マッ マッ マッ
交歓淫楽 猥褻の手ぶり 律動を波立たせ
無音の饒舌を 攪拌す
とろけ とろけ 唾がとぶ

鳶は 空と 秋を攪拌し
にんげんは 堕ちてゆく
けふの憂い
大空の笑いは 跳ねろ

ハッ ハッ ハッ
バッ バッ バッ
アッ アッ
フッ フッ
マッ マッ マッ マッ

・曇天下危機を孕むや能舞台  野衾