顔は忘れない

 

・夏の夜や地獄極楽ヘルダーリン

小さい頃から物忘れがひどく、
傘などこれまで何十本忘れたか分かりません。
また忘れたか。
その度に自己嫌悪に陥ります。
物は忘れ、
名は忘れるのに、
人の顔は忘れない。
それは自信がある。
どこかで見たことがあるとなれば、
絶対にどこかで見ているはずなのです。
道で挨拶し、
同行の専務イシバシから、
「いまのだれ?」と訊かれることもある。
「ビルの掃除をしてくれているおばさんだよ」
「へ~。よく分かったわね」
私服姿のおばさんに初めて会っても、
顔を忘れない。
ああ、あそこで会ったのだ、
となれば
挨拶もできる。
が、
さてどこでだったか、
となると非常に都合が悪い。
じっとその人の顔を見て不審がられることも間々ある。
昨日、
野毛に下りる坂の途中のカレー屋で、
一人カレーを食べていたとき、
ななめ向かいの女性の顔は
きっとどこかで見たことがあった。
『秘密のケンミンSHOW』のドラマに登場する
東はるみに似ているので忘れないのだ。
はるみぃ~、の
はるみだ。
が、
どうしても思い出せない。
いけないいけないと思いつつ、
疑問が解けないから、
ついつい見てしまう。
不審がられたかもしれない。

・鳴かずして季節の前を蝉が飛ぶ  野衾