マッハの映画『インランド・エンパイア』

 

・ぬーぼーと幽閉され居る春日かな

いやはや度肝を抜かれました。
こんなにオシャレで
かっこいい映画とは思いませんでした。
『マルホランド・ドライブ』
を観たときも
思ったことですが、
この監督、
なんて叙情的なんだと。
たとえば詩を読んで、
その詩が気に入り、
ながく忘れられないものになるような、
とでもいったらいいでしょうか。
ていうか、
これ、映画だけど、
ほぼ三時間の極めつけ極上(同じか)の詩だなとも。
「陶酔の3時間!」のキャッチコピーに納得。
物語は、
ローラ・ダーン演じる女優ニッキーが、
ある映画の主役に抜擢され大喜びするものの、
その映画というのが
オリジナルのものでなく、
かつてつくられていたものでありながら
未完のまま終っていた。
なぜなら、
主役二人が惨殺されるという
いわくつきの映画だったから。
今回その映画をリメイクすることになり…。
演技でしていることがどうやら
本気モードにスライドしてゆき、
本気に移り変ったと見ていると
監督の「カット!」の声。
恋の偶然は
恋するものには必然と感じられ
毒にあてられ狂多く神聖にして罪深い。
演技の始まりと、
役を生きはじめる役者の
本気と狂気が入り乱れ、
見ていてそれが本気と信じられる
ようになってくると、
めまぐるしく変わる展開がスッと胸に落ちてくる。
このスピード感!
そうなると、
いちいちがむしろ正確で。
詩人のねじめ正一さんが『ぼくらの言葉塾』のなかで、
詩のことばはまず正確でなければならないといい、
高校生の書いた詩を紹介していました。
女子高生が、クラス替えが行われた翌朝、
緊張して誰よりも早く学校へ行くときの場面が詩の一行目。
主人公は「マッハの速さ」で自転車をこぎます。
現実には自転車はマッハのスピードは出ない。
けれど、
その詩を読んでいくにつれ、
この詩の主人公が乗る自転車は
マッハの速さでなければならないことに気づく、
とねじめさんは解説しています。
ねじめさんの文章をあわせ読うむちに、
それはそうであると信じられます。
デイヴィッド・リンチ監督の
『インランド・エンパイア』がまさにそれ。
異様な展開、ギョッのシーン、お化けじみた顔も、
なるほどそれと腑に落ち信じられる。
そしてエンドロールのかっこよさったら!!
DVDはこんなとき便利だ。
最後のチャプター、もう十回は見たもんね。
片脚のない女性が両手に杖を持ち
ゆっくり歩いてきて「ステキ」と。
(アップの顔が男っぽくも見える)
ソファに腰掛ける胸の大きいあどけない表情の金髪女性。
ソファの端で飛び跳ねるサル。
少し置いてこちらのソファには
『マルホランド・ドライブ』にも出ていた
ローラ・エレナ・ハリング。
投げキッス。
受けるようにニッキーのローラ・ダーンも
投げキッス。
鋸で丸太を切る男。
静かに音楽が始まり、
ラフな思い思いの格好で登場する女たち。
その歌と踊りがなんともセクシー、
ワンダホーなのだ。
盛り上がっての最後、
下からゆっくりと
INLAND
EMPIRE
文字が現れ音楽とともに消え。
もう言うことなし、
ク~! ク~!
文句なしのかっこいい映画なのでした。

・春うらら暗黒事件晴れやらず  野衾