悔し蜘蛛

 

・丘の上をいよいよ赤き冬の月

哲学者の小野寺先生と打ち合わせ。
資生堂パーラー横浜高島屋店にて。
哲学者と資生堂パーラー、
この組み合わせ、
いいと思う。
哲学談義が異様な盛り上がりを見せ始めたころ、
隣の席では
いかにも高級そうなご婦人が
フォークとナイフを動かしていた。
こちらの話には
まったく関心がない様子。
見ず知らずの他人の話に興味を持つのは、
品のないことだと思っているのかもしれない。
小野寺先生の話は
さらに鮮度を増しつつ
佳境に入る。
先生が中学生時代、
蜘蛛の巣に捕まりもがいているセミを発見。
かわいそうに思った先生は、
ねばつく蜘蛛の巣からセミを解放してあげ、
空へ逃がしてやった。
いいことをしたと思った。
ふ~。
と、
一方の蜘蛛。
見遣れば、
なんだか悔しそうな顔をしている…。
テーブルを挟んで聞いていたわたしと内藤君、
大爆笑。
悔しい表情の蜘蛛を思い浮かべたら、
笑わずにいられない。
う~ん、
さすが哲学者。
セミを逃がしたことで善をなしたと思いきや、
悔しい顔の蜘蛛を目の当たりにし、
世界の矛盾に気づくとは。
ん!?
ん!?
隣の席の高級そうなご婦人、
あいかわらずフォークとナイフを動かしていたが、
指先がなんだかちょっと
小刻みに震えている
気がしないでもない。
顔を見たら、
一生懸命笑いを堪えているではないか。
はは~、
我慢しているのだな。
我慢しなくていいのに。
でもやっぱり、
悔しい蜘蛛の話はウケたとみえる。
そりゃそうだ。
だって、
おかしいもんな。
ご婦人なんだかかわいく思えてきた。

・寒月や言葉なくして拝みけり  野衾