修学旅行

 

・残務にて一人出社の眠さかな

近所のりなちゃんが
二泊三日の修学旅行に行ってきました。
目的地は日光。
幼稚園児のころから
りなちゃんを知っていますから、
月日の経つのは早いもの。
わたしが小学校の修学旅行に行ったのは、
今から四十数年前。
十和田湖への
たしか一泊二日の旅、
だったと思います。
ちょうどそのころ、
由紀さおりの
「夜明けのスキャット」が流行っていて、
子どもながら、
きれいな声の人だなと思ったことを覚えています。
♪るーるーるるるー、るーるーるるるー、
と思いきや
今度は、
♪らーらーらららー、らーらーらららー、

次に、
♪ぱーぱーぱーぱーぱぱぱ、
♪ぱーぱーぱーぱーぱぱぱ、
なんだか
とっても
時間稼ぎな歌だなとも思いました。
そして、
♪時計は止まるのよ、
でした。
しかし実際
時計は止まらず、
付加逆的に前へ前へとすすみ、
いま現在に至っています。
下の写真のお猿さんは、
りなちゃんからもらったうれしいおみやげ。

この欄に何度か書いたインド映画
『きっと、うまくいく』についての拙稿が
秋田魁新報に掲載されました。
コチラです。
DVD発売日が楽しみな今日このごろ。

・靴磨き床に胡坐の冬日かな  野衾

痛みを通して

 

・誕生月十一月の白さかな

大学一年生のとき、
英語購読をK先生から習いました。
小柄ではつらつとした、
胸の大きいカチューシャみたいな女性でした。
最初の授業か二度目の授業で、
日曜日に
自宅で聖書の読書会をしますから、
興味のある人はどうぞ、
という話がありました。
高校生のときに
ドストエフスキーを読んでハマり、
大学に入ったら
聖書を読もうと心に決め、
入学後すぐに聖書を買い求めましたので、
K先生宅での読書会に
喜び勇んで参加しました。
先生のご自宅は、
きれいで清潔でいい匂いに充ちていました。
参加者は十名ほど。
新約聖書の、
どこか忘れましたが、
先生が指定した箇所を読み、
感想を言い合いました。
わたしは、思うまま、
感じたままを正直に言いました。
疑問も含め正直に。
初回だったか、二度目だったか、
三度目だったか、
わたしの発言の後で、
K先生がたんたんと、
「あなたは、痛みを通して真理を分かっていく人なのでしょう」
と、おっしゃいました。
痛みを通して。
先生がどういうつもりで、
そうおっしゃったのかは判りません。
若かったわたしは、
痛みを通してしか分からないあなたに、
いま聖書を読んでも分からない、
そう言われた気がし、
ムッとしたことを覚えています。
以来、
K先生宅を訪れることはありませんでした。
曲解だったかもわかりません。
自分の半生を思い出すとき、
K先生がおっしゃった言葉の前で
沈黙するしかありません。
さらにこのごろは、
加齢のせいでますますあちこちが痛い。
五十肩、バネ指、腰痛、前立腺etc.
いたた、あいたた、あいたたた。
痛みを通して、
痛みを通して、
呪文のような日々がつづきます。

・父告げし秋田の予報雪だるま  野衾

読者

 

・ランドマーク十一月の高さかな

西暦二〇〇〇年の三月から
この日記をはじめましたので、
十四年目に入りました。
当初は
土日祭日も書いていましたが、
鎖骨骨折と
その後の体調不良をきっかけに、
いまは土日祭日休業。
この日記、
たま~に、
千人を超える方が見てくださり、
ふつうはだいたい五、六百人、
少ない日でも三百人の方が見てくださっています。
ありがたいことです。
十四年も続けていますから、
これまで
「読んでますよ」と
声をかけてくださった方のお顔を
五十人ほどはすぐに思い浮かべられます。
なので、
いつのころからか、
思い浮かんだお顔に対し、
きのうこんなことがありましたと、
こんなことがありまして、
こんなことを思いましたと
お話しするような体の文になっている気がします。
あるときはSさん、
あるときはMさん、
またあるときはNさん、
K先生を思い浮かべながら書いています。
それが楽しい。
なので、
ちょっと手紙に似ている気がします。
でも
それを初めて読んでくださる方、
こちらが存じ上げないながら
一度でなく読んでくださる方もいて、
そこがなんだか面白い。

・何するに今がいちばん十一月  野衾

つくった本を

 

・秋来ぬと風に声せり嬰児立つ

永島忠重(ながしま ただしげ)が書いた
『奥邃先生の面影と談話及遺訓』を読もうと思い、
ネットでいろいろあたってみましたが、
結局見つからず、
あきらめかけていたところ、
ふと思い立ち、
横浜市中央図書館に問い合わせたら、
ありました。
しかも元の本と復刻版の二種類。
読むのには、
元の本でも復刻版でも変りありませんが、
とりあえず元の本を請求したところ、
館外貸し出しは禁止とのこと。
一九三四年の発行ですから、
いたしかたありません。
復刻版のほうを借り出して読むことに。
本を手にし、
不思議な感慨が湧いてきました。
なぜならその本は、
かつてわたしがつくったものだったからです。
前の出版社で
『奥邃廣録』の復刻版を出したあと、
それが思いのほか好評で、
さらに
『奥邃先生資料集』を企画し出版した
六冊の本のなかの一冊が
『奥邃先生の面影と談話及遺訓』でした。
自分がつくった本を図書館から借り出して読む、
というのは、
古本屋に売ってしまった本を
またおカネを出して買うような、
そんな感じに似ているなと思いました。

・映画の日やんやのクラッカー弾け飛ぶ  野衾

映画の日

 

・朝寒や無音の中に微言在り

インド映画『きっと、うまくいく』が
横浜市中区若葉町の映画館ジャック&ベティで
二日間だけ
アンコール上映されることになり、
ひかりちゃん、りなちゃん、
二人のママといっしょに観てきました。
ママ二度目。
わたし五度目。
ひかりちゃんとりなちゃんは初めて。
映画はふつう
静かに観るものですが、
この日は、
なんとマサラ上映。
マサラ上映というのは、
踊るのも騒ぐのも
飲み食いするのもOKの鑑賞スタイル。
館の入口にはたくさんのクラッカーが置かれていました。
アンコール上映ということもあり、
映画のストーリーを
分かっている人がおそらく多くいて、
盛り上がる場面では正しく(!?)
クラッカーがパンパンと高らかに鳴らされ、
拍手喝采が加わり、
それはそれは楽しい映画の日でした。
映画はこうでなくっちゃ!
高一のひかりちゃん、
小六のりなちゃんも、
笑ったり泣いたり
クラッカーを飛ばしたりして
本当に楽しそうでした。
誘ってよかった。
「みうらちゃん、また観たい!」
いいよいいよ。
DVD予約してあるからね。

・慾殺し怒り滅せの微言哉  野衾

悪い人と歩けば

 

・坂道を上り下りの月見かな

瞽女と書いて「ごぜ」
瞽は「めしい」
瞽女とは、
目の見えない女の旅芸人。
三味線を弾き弾き門付け芸を生業としていました。
写真家・橋本照嵩の写真集に傑作『瞽女』があります。
平成十七年に百五歳で亡くなった瞽女で、
小林ハルさんという人がいました。
生後三か月で失明し、
五歳から瞽女になるための訓練を受けたそうです。
生前に
テレビで紹介されたこともありましたから、
憶えておられる方もあるでしょう。
目の見えない女の旅芸人ですから、
苦労もあった、
というよりも、
苦労の連続ではなかったでしょうか。
目が見えませんから、
見知らぬ土地を一人で歩くわけにはいきません。
目が見える人の苦労もありますが、
目が見えない人の苦労は計り知れず。
小林さんは言ったそうです。
「いい人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修行」
百パーセントいい人もいなければ、
百パーセント悪い人もいない、
などと言ってしまっては、
糞も味噌もいっしょになってしまいます。
百パーセントは措いといて、
いい人、悪い人はやはりいます。
「いい人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修行」
この言葉も
覚えていていい言葉だと思います。

・秋刀魚食ひぽかんと我や此処に在り  野衾

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