脳刺激

 

・天園の紅葉かつ散る峠かな

代理店を通じて去年の秋注文し、
春に入荷したホワイツの靴を、
きのう初めて履きました。
書き初めならぬ
履き初め
歩き初め。
ワークブーツのため
靴底が硬く
しっかりしているので、
歩くごとに踵から脊髄を通って
コツコツ、
脳までそれが
ずんと響いてきます。
はは~。
ふだんあまり感じませんが、
下ろしたてなので、
もろもろ
新鮮に感じられたのでしょう。
中学高校の理科で
生物発生について習いましたが、
たしか
脊髄と脳は
同時にできてくる
のではなかったでしょうか。
受精卵が分割を繰り返し、
さまざまな器官が
爪楊枝で刺したときの
まりも羊羹のごとくに
つぎつぎ現れる生命の不思議。
何度見ても不思議。
妙。
奇天烈。
目が離せない。
あんなに面白いものは
滅多にあるものではない。
交通の便がよくなり
歩くことをあまりしなくなった現代人と
ひたすら歩いた
むかしの人とでは、
考えた結果もさることながら、
考える過程が
そもそも違っていたのではないか、
なんてことを
歩きながら考えました。

・耳澄まし道履む秋の深きかな  野衾

父との会話

 

・秋深し沈黙の空明けにけり

「もーしー。おみゃ、25、誕生日だったべ」
「んだ」
「んだべ。25がおみゃ、26がおやじ、28がしゅん」
25日がわたしの、
26日が九十八歳で他界した祖父の、
28日が甥っ子の誕生日。
父はそのことを電話で言ったのでした。
「わすいであったよ。ゴメンな」
「ええって。ええって」
「25になったったが?」
「25でにゃ。ごじゅうろぐだ」
「あ、んだが。ごじゅうろぐが」
「あや」
あや、とは「そうだ」の意。
「ごじゅうごだべ?」
「んでにゃて。ごじゅうろぐだて」
んでにゃ、は「そうでない」の意。
「んだが。にじゅうごにぢでごじゅうろぐが」
「あや。にじゅうごにぢでごじゅうろぐだて」
「んだべ」
んだべ、は「そうだろ」の意。
「んだべって。おみゃが、ごじゅうごってまぢがったんだべ」
「んだてが」
「んだよ」
秋田県以外の方には、
ほとんど外国語のように思えるかもしれませんが、
十一月のこの時期、
誕生日が立て込み、
25日がわたし、
26日が祖父、
28日が甥っ子。
しかも、
25日にわたしは
55歳から56歳になるというわけで、
5と6が
日にちと歳で錯綜し、
なんだかややこしい。
わたしだって数字を間違える今日このごろ、
八十を過ぎた父が間違えるのは当然。
ええって。ええって。
ちなみに
「ええって。ええって」は、
いいよ、いいよ。

・紙敷いて窓下寝釈迦の小春かな  野衾

これを書いたら

 

・言の葉の色を増したり秋の暮れ

朝起きて歯をみがき、
パソコンに向かってこれを書いたら、
コーヒーを淹れます。
このごろは
挽いた豆の皮を飛ばす技をおぼえ、
またその技に
みがきがかかり、
一杯のコーヒーが
ますます甘く
美味しく感じられます。
アルコールランプで熱せられたお湯が
フラスコからゆっくりと上昇し、
上がりきる前に
竹べらで左に二回、
すべてロートに上がったら
右に五回まわし待つこと七十秒、
アルコールランプを外して炎に蓋をします。
コーヒーがゆっくり下降しはじめ、
たちっ、たちっ、たちっ。
フラスコ内の透明な
コーヒーの面が安定したら、
あたためておいたコーヒーカップにコーヒーを注ぎ、
まず一口。
もう一口。
ああ。
至福の時間。
朝日はまだ昇ってきません。

写真は、まるちゃん提供。

・我もまた此の道を行く紅葉かな  野衾

プラスαマイナスα

 

・もみつるや季節を漉して風渡る

わたくし、
きのうで満五十六歳になりました。
今年入社した新卒の女性の誕生日がわたしと同じで、
彼女はきのうで二十三。
このちがい!
二十三を倍にしてもまだ四十六。
嗚呼。
ところで、
この五十六という数字、
なかなか微妙です。
五十五歳というのは、
わたしとしては、
五十二プラスαぐらいの感覚でしかなかった。
ところが、
五十六歳となると、
還暦の看板が見えたりして、
どうしても
六十マイナスαみたいな気になってしまう。
もはやおおっぴらに
バカができなくなってしまう。
(やると思うけど)
ということで、
五十六を噛みしめた一日でした。
五十六って、
ごじゅうろくだけど、
いそろくとも読める。
山本五十六。
第26、27代連合艦隊司令長官。
関係ないか。
ふ~。
五十六と思わずに、
五×六=三〇(ごろくさんじゅう)
ということで、
三十歳ぐらいのつもりでいくか。
誕生日にはいつも、
秋田の父から
「きょう、おめのたんじょうびだなぁ」
と電話があるのに、
今回はなかったなぁ。
ま、いっか。

・黙しつつ友と踏み踏む秋の道  野衾

約束

 

・鎌倉へ金沢からの道の秋

全十巻の
『新井奥邃(あらい おうすい)著作集』が
二〇〇六年に完結したとき、
それを記念し、
民俗学者また歌人としても名高い、
今年惜しくも他界された
谷川健一さんと対談(対談の内容は別巻月報に収録)
する機会がありました。
対談の最後、
谷川さんにお礼を申し上げたあと、
わたしは
「全巻そろったところで、
今度は編集者としてでなく一読者として、
ぼくはもう一度奥邃を読み返すつもりです」
と宣言しました。
それから七年目にして、
昨日、
自分との約束を
ようやく果たすことができました。
鉛筆で線を引いたり、
付箋を貼ったりしながら
緊張しつつ読みすすめてきましたが、
何よりもまず感じたのは、
字を大きくしておいてよかった
ということです。
いちいちメガネを外す必要がなかった。
これなら、
もっと歳がいってからでも読めます。
今回読んでみて、
奥邃のもとに集まった人びとに
編集時にもまして
さらに興味をおぼえましたが、
とくに、
わたしが今年前期に講義をした
十文字学園女子大学の創立者・十文字ことの夫、
十文字大元がその一人であったことを確認し、
驚くと共に、
ご縁の不思議を
感謝せずにはいられませんでした。
十文字大元と奥邃とのかかわりを
いまの学長に伝えたところ、
学長もご存じなかったらしく
驚かれておりました。
十文字大元は、
宮城県遠田郡出身の実業家です。

・かさかさと秋をささやく能見台  野衾

香水

 

・無私の道内外(うちと)掃除の冬日かな

突然ですが、
わたしの自慢は、鼻です。
かたちとかではなく嗅覚。
言うところの匂いに対して割と敏感、
だと思います。
きのうのことです。
JR保土ヶ谷駅から
国道一号線沿いの歩道を歩き
保土ヶ谷橋へ向かう途中、
わたしは突如聞きおぼえ、
でなく、
嗅ぎおぼえ(!?)
のある匂いにハッとして横を見ました。
今まさに
妙齢の女性が
わたしを追い越していくではありませんか。
こ、こ、この匂い!
んーーー???
んーーー???
そうだ。
わかったぞ!
カブトムシがスイカの皮を食べたあとでオシッコをする、
そのオシッコの臭いだ!
たったったったったっ……。
「あのー、
カブトムシがスイカの皮を食べたあとでオシッコをする、
そのオシッコの臭いの香水、
なんというのですか?」
って、
まさか訊けるはずはない。
でも、
やっぱり気になり、
少し、
数メートル、
追いかけました。
間違いなし!
たしかに、
カブトムシがスイカの皮を食べたあとでオシッコをする、
そのオシッコの臭い(しつこ!)でした。
その臭いを純化させたとでもいうのか。
そうか。
オシッコの臭いも純化させると、
いい匂いに変化するのか。
臭い→純化→匂い。
大発見!
かもしれない。

・柿剥きはこうやるのだと教へ食ふ  野衾

男物!?

 

・富無くも食へば富有り富有柿

世の中に、
アンチエイジング大賞なるものがあるそうで。
知りませんでした。
新聞に出ていました。
わたしは今月が誕生月で五十六歳になります。
それなので、
エイジングやら
アンチエイジングやらに
どうもこのごろ目が行ってしまう。
いかんいかんと思いながら、
つい。
真矢みきさんのスタイルのいいこと!
(写真参照)
そう思ったことが
そもそもの誤りの初め、
かつ、
重大な誘因になっていたと
後から反省しました。
さて前置きが長くなりました。
本文のその箇所を引用してみます。
「生き生きと年齢を重ねている著名人に贈る「第7回アンチエイジング大賞2013」の授賞式が東京都内で開かれ、男性部門に俳優の岩城滉一、女性部門は真矢みきが選ばれた。
あいさつに立った岩城は「光栄です。きょうを境にまた頑張ってしゃれた“おじい”になっていきたい」と宣言。真矢は「思いがけない賞を頂けて大変うれしい」と喜び、食事で心掛けているのは「男物などを一番に食べるようにしています」と明かした。」
さあ、上の文の間違いを探してください。
はい! 正解!
そう。
「男物」でなく「果物」
でもね。
言い訳をさせてもらうと、
写真が男と女でしょ。
それも「いい」男と「いい」女。
そして真矢さんの
きれいなお御脚でしょ。
さらに決定的なのは、
「果」と「男」では字のかたちが似ている!
このことを太文字ゴチックで声を大にして言いたい。
いくつかつぎつぎと
連鎖反応を起こし、
結果
「男物などを一番に食べるようにしています」
と読んでしまったというわけ。
アンチならぬ、
わたしのエイジングはかなり進んでいるようです。

・寒き日や疼きて我は生きてをり  野衾

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