死んでも勉強

 

・焼き利かせ干物置きたる夕餉かな

男なら溝の中でも前のめりで死ねと
幕末の志士が言ったか
言わなかったか。
小説のことは
ひとまず措いといて、
奥邃(おうすい)の文を読んでいると、
生きているときに勉強するのは
あたりまえ、
それだけだけでは足りず、
死んでも勉強はつづくのだ
という気になり、
それは諦めどころか、
大いなる希望でなければなりません。
死んでも勉強がつづく
ということは、
そこで終り
ではなく、
死んでも死なず、
霊体となり
永久にひたすら
真人を目指して勉強するということ。
奥邃を最後までお世話した
秋田出身の中村千代松さんが
死を目前にした床でも
奥邃の文を読んでいたのは、
そのことを思って
のことではなかったかと想像します。

写真は、スライスくん提供。

・手を繋ぎ疲と怒と来たる秋の暮れ  野衾