ゴリラのチュー

 

・山道や蛇のこゑより艸のこゑ

いつものように朝四時に起き、
窓を開けたら、
暗い空を青い雲が流れていきます。
パソコンを立ち上げてから数十分経っているのに、
雲を眺めて飽きもせず
呆けておりました。
あ。
ゴリラの親子みたい!
右が親ゴリラ、
父でしょうか母でしょうか。
左が子どものゴリラ。
父か母かのゴリラが
子どものゴリラにチューをしました。
砂でつくった動物が
波にさらわれていくように、
雲のゴリラは
すぐに風にさらわれていきました。
一瞬巨大なボスゴリラが現れ、
ゴリラの親子を追いかけるような気配を見せましたが、
これもすぐに消え平らになりました。

・鎌倉や珈琲店の眠さかな  野衾

きゃりーぱみゅぱみゅ

 

・夏の葉や裏も表も見せて落つ

へー、このごろはこんな娘が流行ってるんだぁ
と、
あまり気にも留めずに見ていたのですが、
「インベーダーインベーダー」を耳にした瞬間、
一発でやられてしまいました。
椎名林檎の「本能」以来かもしれません。
それでさっそく
『なんだこれくしょん』を買いまして、
ただいまこれが私の宝物でございます。
小学五年生の義理の姪っ娘が
たまたまきゃりーぱみゅぱみゅの大ファンで、
夏休みを利用し
愛西市から遊びにきているのですが、
保土ヶ谷の我が家に到着した日、
CDをかけた瞬間、
電流が走ったようにぴょんぴょん踊りだしました。
それが隙間なく
完璧にこなしていきます。
普段クラシックダンスを習っているせいか、
ポイントポイントをかちりと決めてくれます。
口をあけて見とれつつ、
小学生から
わたしのような初老のおじさんまで
熱狂させるのですから、
流行るわけだと思いました。

・天園にぶんぶと蜂ら祭りをり  野衾

ファーブルの未来予測

 

・目でも読み耳楽します蝉の声

ファーブル先生は、
またこんなことも言っています。

未来をもっと先まで進んでみよう。進歩に進歩を重ねて人間はいつか文明と呼ぶものの過剰のために殺されて斃(たお)れるであろう日がいつか来るようにどう見ても思える。神様ぶるにあまりに熱心である人間は、虫の悠久な長命を望むことはできない。人間がやがて滅んだ時でもあのちいさなひきがえるは、やぶきり、このはずくその他と一緒にその連禱(れんとう)をいつまでも誦(とな)えていることであろう。彼らはこの遊星上で我々より以前から歌っていたのだ。彼らは我々の亡き後、不動なるもの、太陽の赫灼(かくしゃく)たる栄光をことほぎながら歌いつづけるであろう。

連禱というのは聞きなれないことばですが、
大辞林によれば、
「カトリック教会の礼拝で、
司式者と会衆とが交互にかわす連続の祈り」
とあります。
ファーブルは、
虫たちの鳴く声を連禱と聴き、
何千年何万年の遥か先に思いを馳せていたのでしょう。
ファーブルの遺言のようにも思えます。
仕事の帰り、
保土ヶ谷の小さな公園の横を通り過ぎます。
蝉たちがわんわと鳴き交していました。
ちょうど階段を上り終えたころ、
ドドーンと鳴って振り返ればただの宙。
そうか。
始まったのか。
きょうは花火の日だった。
少し待って次の花火が打ち上がるのを待ちます。
紅いきれいな花びらがパッと散り、
それからドドーン。
蝉たちの声は止みません。

・炎天下忙中閑の御香焚く  野衾

きりぎりす

 

・まとはりて振り向く空の夏の蝶

通勤途中の電車内で読む本は、
岩波文庫の『ファーブル昆虫記』
全部で十冊あり、
ただいま六冊目ですから、
年内中はかかってしまいそうです。
ファーブル先生がライフワークとして書いたもので、
ゆっくり悠々たる書きっぷりですから、
こちらもそれに合わせてゆっくりゆっくり。
急ぐな急ぐなよ、です。
さて、
きのうの朝読んだところに
こんなことが書いてありました。

きりぎりす類の発音器はなんの役に立つのか。私は相手を迎える時になんの役目も持たないとか、聞く方の雌にも心楽しい口説(くぜつ)の囁きをしないとか断定するつもりはない。
それは自明の証拠に逆らうことになろう。しかしその根本的な役割はそんなところにあるのではない。何よりもまず虫がそれに託しているのは生きる歓びを語ることだ。腹はくちいし、背中はお陽さまに暖めてもらっている生の楽しさを歌うためだ。証拠は太いからふとぎすとやぶきりの雄だ。婚礼がめでたく済み、二度と役に立たぬほど衰え、もう恋人など振り向く元気もないのに、弾く力が失せるまで楽しげに弦を弾きつづけている。

ファイト一発、
さあ、きょうもがんばろう! という気になりました。

・アブラゼミ腹がらんどうの響きあり  野衾

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