ゴキブリ

 

・そんな日もあるさ車窓の若葉かな

弊社が入っているビルの共同炊事場で、
水筒を洗っていたら、
シンクの隣りに置いてある、
電子レンジの左隅のところに、
ちょうど隠れるようにして、
ゴキブリがいました。
ゴキブリ嫌い。
お!
一瞬ひるみ、
ん?
そっと近づき、
よく見たら、
単なる黒い汚れでした。
おそらく、
だれかなにか鍋物か
昼のおかずでもチンして、
汁がこぼれ付着し、
さらに水分が飛んでそのまま黒ずんだ
ものと思われます。
それにしても、
よくできたシミ。
ゴキブリそっくり。
ちょっとほれぼれ。
これは写真に撮って
皆さんにご披露しなければと思い、
携帯電話を取りに戻ろうとしたはずのに、
結局、
取りに行きませんでした。
というか、
なぜ取りに行かずに、
そのままになってしまったのか、
そこのところが、
昨日のことなのに、
ちょっとも思い出せないのです。

・新緑の畑の隣りの道工事  野衾

プロの仕事

 

・小糠雨ランドマークの埋もれり

弟が部長を務める中学女子のバスケットボール部が、
秋田県の大会で優勝しました。
その中学では創立以来初めての快挙だそうです。
ゴールデンウィークに帰省した折、
東北地区(一校は北海道から)の中学が集まる
練習試合を二日間見に行きましたが、
二日通っているうちに、
勝負のゆくえもさることながら、
試合前の休憩時間の過ごし方、
あいさつの仕方、
練習方法、
部員同士の交流、
監督や部長の指導のちがいなど、
だんだんと
各チームの特徴が見えてくるようで、
テレビでゲームを見るのとは
ちがった体験ができました。
短い時間でしたが、
弟に、見た感想を話したり、
弟がどんなことを考えて指導しているかを
直に聞いたりしましたが、
なるほどと
合点がいったことがありました。
それは、
中学女子バスケットボールの面白さということでした。
女子よりも男子、
中学よりも高校、
高校よりも大学、
大学よりも社会人、
社会人よりもプロ、そしてNBA。
スピードや技術では
たとえばNBAに敵わないかもしれない。
敵うはずもありません。
でも、
スポーツというのはそれだけではないはずです。
NBAを頂点とするバスケットボール
とちがう面白さを、
わたしの知らない面白さを、
弟はたしかにつかんでいると感じました。
弟が前にいた学校で
子どもたちを指導した際のノートの存在を知り、
その感がさらに強くなりました。
前にいた学校では、
監督として子どもたちを県の優勝に導いています。
秋田の父から今回の優勝の知らせを聞き、
弟に「おめでとう」のメールを送ったところ、
返信がありました。
「子どもたちの頑張りでまたうれしい経験をさせてもらいました」

・源氏終へ宇治の辺りも緑雨かな  野衾

天才紫式部

 

・音は無し全山しっぽり小ぬか雨

『源氏物語』宇治十帖の最後二帖は手習・夢浮橋。
薫と匂宮の恋の鞘当てに嫌気がさし、
宇治川に入水自殺を図った浮舟は、
川水に流され気を失っている状態で横川僧都一行に助けられます。
その浮舟が
僧都に無理矢理頼み込み出家するまでのくだりが、
手習の帖に懇切丁寧に描かれています。
筆の運び、
その写実の凄みに唸らされ、
思わず、
腹を抱えて笑ってしまう箇所もありました。
僧都の妹尼たちが初瀬へのお礼参りに出かけた折、
八十歳になっている母尼と
これまた年老いた女房ふたりの
大いびきに囲まれ、
「今宵この人々にや食はれなむ」と思い、
浮舟は一睡もできません。
もし入水した折に死んでいたとしたら、
「これよりも恐ろしげなる者のなかにこそはあらましか、と思ひやら」れ、
ついに出家を決意するということになります。
なんて素敵なんでしょう。
この世のはかなさを憂いて、
だとか、
道心極まってとかいうことではなく、
恐ろしい婆ども(失礼!)に
食われるんじゃないかと怖くなり、
地獄に落ちていたら
もっとひどいことになっていたろうと空恐ろしく、
それで出家を、というところが、
好きだなあ。
笑えるなあ。
ここで『源氏物語』は時代を超えたと思いましたね。
うん。
谷岡ヤスジのナンセンス漫画みたいだもん。
またこの手習の帖、
ほかにも笑える箇所がいくつもあります。
打ちひしがれ、
ほとんど物も言わぬ浮舟ですが、
妹尼たちが初瀬へ出かけて一人残され寂しかろうといたわり、
囲碁の盤を持ち出し遊ぼうとした女房がいました。
とても囲碁などできないだろうと思い、
自分が白の石、
浮舟に黒の石を持たせてやったら
浮舟がやたら強くて、
先攻後攻を逆にしても浮舟が勝った。
これってギャグ漫画でしょう。
悲しみに打ちひしがれている人がゲームに勝ってはいけません。
だって、可笑しいじゃないですか。
自殺まで図った人が、
極めてこの世的なゲームをしたらスゲー強かった、
というのは笑いでなくてなんでしょう。
現代語訳をする人は、
この帖をもっと強調すべきではないでしょうか。
ことほど左様に、
やはり原文の凄みというのはあり、
言わずもがなのことながら、
紫式部はたしかに天才なのでした。

・りなぴ来てご長寿お守りいただけり  野衾

4000部の壁

 

・いくつもの気づきのありし五月かな

作家の大沢在昌さんが言っています。
初刷り「4000部の壁」があると。
リーマンショック・震災を経、
小説の売れ行きはがた落ちしたそうです。
出版社と同様、
飯のタネですから切実。
たとえば、
定価1260円の本が4000部売れ、
印税として定価の10%が入ってきても、
1260×4000×0.1=504000円。
小説家は、
一冊の小説を仕上げるのに、
どれぐらいの時間をかけているのでしょう。
そのことを考えると、
ごく一部の例外を除き、
従来型の意味で、
作家という職業は、
もはや成り立たないのかもしれません。
仕込み時間の短いものは、
電子書籍が向いているでしょう。
反対に、
仕込み時間の長いものは
紙の本で、
かつ、
定価も高くならざるを得ません。
……………
と、
いったんは考えてみたものの、
ひょっとして、
大沢さん、
実は、
実は、
リーマンショック・震災を経、
そのショックで、
おもしろい
小説が
書けなく
なった、
とか?

・初鰹まだ食わずの青葉かな  野衾

ソファの隣り

 

・ことの葉をこぼち落として五月かな

疲れた。疲れた。疲れたよー。
なんなの。
イラッとするなぁ。
就職してもさ、
給料上がるわけじゃないし、
なんにもしないうちに25だよ。
やんなっちゃうなぁ。
結婚すっかな。
なんでまだ来ないの?
間違えるはずないんだけどな。
え。
うん。
そうだって。
○○と。
うっそー。
あ~あ。
行ってみる?
もう疲れた。
ひとりじゃたまんない。

・過去記憶未来期待の今を生く  野衾

火曜日は

 

・一日を使い果たして五月かな

毎週火曜日は、
十文字学園女子大学での講義のある日。
きのうは、
画家・装丁家の矢萩多聞さんが、
「装丁 本の中身をかたちにする」につき、
静かに熱く語ってくれました。
お小遣い稼ぎのつもりではじめた装丁の仕事が、
安原顯さんとの出会いをきっかけとして、
世の中には命がけで書いた本があり、
それを装丁することは、
あだやおろそかにできない、
大変な仕事なんだと思うに至ったくだりは、
そばで聞いていて
熱いものがこみ上げてきました。
人生は、
出会いがすべてであると
思わせられた瞬間でした。
よくも悪しくもなり得ます。
有り難いことです。

・過去未来アウグスティヌス初夏の風  野衾

12ポイント

 

・母の日に電話寄こせと父告げり

本を作るのに、
本文の文字の大きさが12ポイントというのは、
ふつうあり得ないだろうと思います。
デカ過ぎますから。
大きくなった新聞の文字も、
10ポイントでしょう。
十数年前、
会社を起こして間もなく
『新井奥邃著作集』の企画を考えたとき、
10ポイント、
11ポイント、
12ポイントそれぞれで
組み見本を作ったことを憶えています。
二人の先生とも相談し、
結局12ポイントにしました。
手に取ってくださった方に、
積んどくでなく、
とにかく読んで欲しかったからです。
齢を重ねた人を
深く底から元気にする本というのは
けして多くないと思うのですが、
奥邃の文章は、
類いまれな元気をくれます。
面白くはありません。
五十五歳は初老でしょうから、
字を大きくしておいて良かったと思います。
奥邃と秋田との関係に触れた拙稿が、
秋田魁新報に掲載されました。
コチラです。

・初めての通帳作りし五月かな  野衾