十文字学園女子大学

 

・十文字女学生らのうららけし

埼玉県新座市に十文字学園女子大学はありますが、
今年前期の講師を務めることになり、
きのうがその初日でした。
「「本」を読む、書く、作る、売る、をめぐって」
というタイトル(要するに、本にまつわるいろいろ)で、
十五回の講義を行います。
わたしが単独で行うのはきのうを含めて三回、
あとの回は、
詩人、写真家、評論家、絵本作家、画家、装丁家、
映画作家、漫画家、カリスマ書店員など、
多彩なゲストをお招きし、
たのしい授業を展開したいと思います。
きのうは初回ということもあってか、
受講生の皆さん、
とても熱心に聴いてくれました。
メモを取っている学生さんもかなりいました。
熱心に聴いてもらえることがうれしくて、
どんどんテンションが上がってしゃべりつづけ、
後ろのほうの時間が足りなくなり、
少々はしょる場面も。
高校の教壇を下りてから四半世紀が経ち、
ふたたび教壇に立つとは思ってもみませんでした。
これもまた人生の不思議。
いろいろ工夫し、
学生さんたちに喜んでもらえるよう頑張ります。

・十文字キャンパスまでののどけしや  野衾

ホーリー・モーターズ

 

・種蒔きを終へて眠りの安らけし

日ノ出町にある映画館ジャック&ベティで、
レオス・カラックスの新作
「ホーリー・モーターズ」を観てきました。
レオス・カラックスといえばドニ・ラヴァン。
今回の映画でも彼の魅力は遺憾なく発揮され、
最後まで楽しむことができました。
白いリムジンに乗ったドニ・ラヴァン演じるオスカーが、
依頼主からの指示を受け、
あるときは富豪の銀行家、
あるときは殺人者、
またあるときは物乞いの女、怪物など、
その日一日のミッションを次つぎに果たして行きます。
どこまでが現実でどこからが虚構なのか、
定かではありません。
オスカーは、
ミッションを忠実に、
また滑稽にまた哀しく果たして行きますが、
見ているうちに、
これは人生の比喩であると気づきます。
長い一生が一日に凝縮している。
オスカーは少々疲れているようです。
予定されていたミッションを終え、
オスカーがリムジンから降り、
運転手から今日のおカネと鍵を渡され、部屋に入っていく。
なぜ「今日の」と但し書きが付くのか。
自分の家ではないのか。
これもまた「自分」を演じる虚構なのか。
自分の家でないとしたら、
自分が自分でいられるのはどこなのか。
オスカーが鍵を開け、
ドアを開けたとき、
彼を迎えたものの存在に意表を突かれます。
と、
リムジンが表象するものの意味が
次第に明らかになってきます。
最後のシーンの
リムジンたち(!)の会話が秀逸。
静かで豊かな問いに充ちた、
おしゃれな映画を観せてもらいました。

・弟も手伝ひ年の種を蒔く  野衾

イメージ

 

・スリットの裂けて鮮血噴き出せり

先週のことです。
ある朝、
保土ヶ谷橋の交差点を渡って歩道を歩いていたとき、
前を歩く女性の後姿が眼に入りました。
なんだか窮屈そうです。
それもそのはず。
恰幅のいい体型で、
脚もたくましく立派、
少しO脚。
追い越そうかとも思いましたが、
そうするには、
小走りにならなくてはいけないほどのスピードで
彼女は前を歩いていましたから、
つまり、
わたしの歩くスピードと
ちょうど同じぐらいだったので、
追い越す動機がありません。
1メートルぐらいの距離を置き駅まで歩きました。
彼女のスカートの後ろ真ん中に
スリットが入っています。
そのスリットが左右に引っ張られ、
スリットというよりも、
布の裂け目をむんず両脇からつかみ、
力任せに破こうとしているようにも見えます。
食べ過ぎて胃の調子をおかしくし、
唇の横が破れ、
何を食べるにもおちょぼ口でしか食べれないときに、
恐る恐る気をつけて食べていて、
瞬間そのことを忘れて
ドバッと唇が切れ、
血が噴き出したときの映像が目に浮かびました。
でも、
それはわたしの勝手なイメージで、
実際はスカートは破れることはありませんでした。
ただ、
臀部の真ん中にあったスリットは、
相当左脚の側に回っていました。
彼女はそのまままっすぐ駅に向かい、
わたしは、
コンビニの横から駅へとつながる階段へ逸れ、
目の呪縛からようやく解放されました。

・行く春に手を挙げくるり回れ右  野衾

再会

 

・行く春や一番鶏の声近し

木曜日は気功教室。
始まる前、
早めに来た者数名で
長テーブルを部屋の隅に移動させていたら、
にこにこ微笑みかけられました。
知っているような、
いないような。
知ってい………る人でした。
名前は最初から知らない人ですが、
七年前、
気功教室に通い始めてしばらく経ったころ、
彼女も通ってきて、
何か月ぐらいいっしょにやったでしょうか。
一年ぐらいかもしれません。
来なくなってから三年か四年経つでしょう。
帰りに駅までいっしょに歩きながら話しました。
ハワイに行っていたそうです。
突っ込んで訊かなかったので詳しいことは分かりませんが、
話の流れから察するに、
五泊六日で行ってきた、
というようなことではなさそうでした。
人に歴史あり。
それが先週のことで、
きのうは。
もう来ないのかなと思っていたら、
先週とはがらり変って
ずいぶん軽装で現れ、
前のほうで体をゆらゆらくねらせていました。

・春惜しむ心ぽつかり胡坐かな  野衾

「うら」をよむ

 

・マンションのチラシに夢はセレブリティ

源氏物語を読んでいたら、
「うら」に頭注があり「心のこと」と説明書きがありました。
「うら」というと、
まず思い浮かべるのは「裏」。
心と書いて「うら」と読ませるのは特殊な使い方かと思い、
古語辞典を引いてみたら、
ちゃんと載っていました。
載っているだけでなく、
赤鉛筆で太くしるしが付けられていました。
高校に入ってすぐに買った辞書で、
授業で先生から教わったかして、
これは大事と思ってしるしを付けたのでしょう。
すっかり忘れていました。
それはともかく。
心と書いて「うら」。
いまは「心」だけでは「うら」と読みませんが、
「うら悲しい」や「うら寂しい」はそのなごりではないでしょうか。
飛躍して、
「うらぶれる」や「うらやむ」の「うら」を
「心」との関連で考えることも楽しい。
もっと言えば。
心と書いて「うら」。「うら」に心がある。
だから日本人は「おもて」でなく「うら」を
よむ、よみたがるのでしょう。
また、
うらをみがくことは心をみがくこと。
表をみがくなんてあたりまえ体操。
うらをみがいてこそ、なんぼ。
寅さんの裏地の模様が飾ってあったじゃないですか。
それが粋(いき)ってものだよ。ねぇ。

・おごそかに新人客にお茶を出し  野衾

胡椒

 

・入学の後のランチはハンバーグ

昼、イシバシと食事へ。
いつものことながら、
何を食べるかと決めずに出て、さてと。
足の向くまま気の向くまま。
きのうは左へ歩いたので、きょうは右。
天気もいいし。
ねかちもマンションのグランドメゾンの縁を半周、
本町小学校横の階段を下り、ラクレットへ。
ちょうど入学式の日で、
学校の前の道が混んでいます。
ラクレットも人でいっぱい。
ダメだきょうは。
ならば。
ココイチのカレーに向かっててくてくと。
後ろから呼び止められました。
見れば、
ラクレットのお嬢さん。妹さんのほう。
姉妹で交替で店を手伝っているのです。
店に入ると、
テーブルが分けられており、
狭いながら、
向かい合わせで二人座れる席を作ってくれていました。
イシバシ、ハンバーグ定食。
わたし、ビッグハンバーグ定食。だはははは…。
自家製の麦茶で喉を潤していたら、
となりの四人家族のテーブルに、
ハンバーグ定食が四つ運ばれてきました。
どれも同じサイズ。
父も母もおにいちゃんも、
きょう緊張して入学式を終えたであろう弟もハンバーグ定食。
わたしは、
五十五年生きてきて、
父と母と弟と四人で
ハンバーグ定食を食したことがありません。
なんて。
まあ、いいですけど。
そんなことを思ったりしているうちに、
こちらのテーブルにも、
ハンバーグ定食とビッグハンバーグ定食が運ばれてきました。
鉄板の上で、
ビッグハンバーグがジュージュー言っています。
イシバシに目で合図しました、胡椒と。
イシバシ、目が、・ ・
と、
気づくはずのない隣りの女性が、
わたしの右隣りにいて絶対に気づくことなどあり得ない彼女、
入学式を終え
家族四人でハンバーグ定食を
静かに喜びを噛みしめながら食べていたであろうその母が、
自分のテーブルから
サッとペッパーミルを渡してくれました。
「あ、ありがとうございます」
そのやり取りを見ていたイシバシ「よく分かりましたね」
「胡椒が好きなものですから」と美しい母。
胡椒が好きなものですから…。
それはそうかもしれませんが、
おそらく、
ハンバーグ定食が運ばれてきて、
すぐに手をつけないわたしを、
その短い独特の間を感じとり、
それで胡椒が欲しいのかと気づいたのでしょう。
おそるべし母!
子を持つ、
しかも小さい子を持つ母なればこその感覚なのでしょう。
グリグリグリとたっぷり胡椒を挽き、
それから隣りへペッパーミルを返しました。

・母があり父あり子あり入学式  野衾

テロかと思えば

 

・葉桜や社に拝む女あり

「えええっ! ほんとおお!?」
若女将が上ずった声でお客さんと話しています。
いつもにこにこ物やわらかく、
穏やかな彼女の
そんな声を聴いたのは初めてです。
ちょっと黄色い声も混じっているような。
テロか?
野毛でテロ!?
パチンコ屋が襲われたとか、
横浜にぎわい座に爆弾が仕掛けられたとか、
そんなこと?
お客さんから離れ、
厨房へ戻る若女将に声をかけました。
「なにかあったんですか?」
「ちぐさにしょうくんが来ていたんですって」
「ちぐさって、そこの?」
「ええ。ジャズ喫茶のちぐさ。会いたかったわ」
「しょうくん?」
「嵐の櫻井翔くん。会いたかったなぁ」
「ファンなんですか?」
「娘が嵐の大ファンで、とくに櫻井翔くんが」
「若女将もそうなんですか?」
「いえ、わたしはまつじゅん」
「ああ、なるほど。まつじゅん」
「でも、翔くんにも会いたかった」
「そうですか。えぇっと。と。いつもの裂き定と奈良漬けください」

・葉桜や風の流れを見てゐたり  野衾