ゴム長靴と秋田弁

 

・雪なので長靴履いて出社せり

会社帰り、
電車が横浜駅のホームに滑り込んだちょうどその時、
携帯電話に着信の合図。
あわてて鞄から取り出し、
(加齢のせいか、手のひら、
とくに指紋の襞が溝の減ったゴムタイヤみたいになり、
このごろは携帯電話をつかみ損ねてよく落とします)
電車を降りながら番号を確かめると、
男鹿にいる叔母さんからでした。
はは~んとピンときたので、
のっけから秋田弁で電話に出ました。
「あ。どうも。おばさん! ひさしぶり。元気だが?」
きのうは霙まじりの天気で、
予報もありましたから、
目立つのを覚悟で、
わたしはゴム製の長靴で出かけていました。
だいたいわたしは、
目立つことがそんなに嫌いではない、
むしろ好き。
世間ではこんなタイプを
目立ちたがりというようですが。
それはともかく。
横浜駅、京浜東北線のホームのど真ん中、
黒の毛糸の帽子をかぶり、
首にがっつり厚手のマフラー、
これまた黒のダウンジャケットに身を包み、
口には白いマスク、
下はコールテンの黒ズボン、
それに黒のゴム長靴、ふちに白い線が入っている。
わたしには見えませんが、
はたから見たら、
目立つどころか相当に
やばい男ではなかったでしょうか。
しかも駅のホームは賑やかで、
電車が入ってきたり出て行ったり、
なくてもいいアナウンスが
ガーガーと割れんばかりに響いており、
わたしは負けじとデカい声。
いつの間にか
思いっきりの秋田弁をまくし立てていた。
その時です。
わたしのそばを通るひと通るひとが次つぎに、
振り向きざま、
わたしを睨んで過ぎていきました。
それでもわたしは止めません。
かまうものか。
なんたって、
好きな叔母さんと久しぶりに会話しているんだ。
存分に話したその後で、
「へば、まじ、元気でなぁ。からださ気をちけれよ~」
と叔母さん。
わたしも「おばさんもなぁ。
おじさんとたげしくんさもよろしぐなぁ」
秋田魁新報にわたしの文章が掲載され、
それを読んで電話をかけてきてくれたのでした。

・びちょびちょとあらずもがなの霙かな  野衾

身体地図

 

・ぽかぽかと陽は陽子先生の陽

朝、桜木町駅から会社まで歩くのに、
このごろは、
成田山横浜別院の脇と
伊勢山皇大神宮のド真ん中を通っているのですが、
成田山脇の階段を上ったところを右へ歩くとあたりまえ。
伊勢山皇大神宮の正門に出ます。
でも、
きのうは、
まだ時間が早かったので、
気まぐれで左へ回ってみました。
というのは、
数日前、
階段を上りきった場所から見える風景の
向こうにちょっぴりのぞくビルの頭に、
なんとなく見覚えがあったからです。
(ひょっとして)
あああ、やっぱり!
見覚えのあったビルは、
昼、食事をするのに野毛方面に向かうときに
いつも目にする建物でした。
紅葉ケ丘というのか伊勢山というのか
(二つの地名の正確な使い分けが未だ判らず)、
ともかくも、
会社が立っている土地の鳥瞰図が
はっきりと目に浮かびました。
ぼやけた線がくっきり太い線で繋がって。
いうなれば、
切れていたパンツのゴムが繋がった感じ(ちがうか)
とでも言ったらいいでしょうか。

・東雲の空に対ひて拝みたり  野衾

想念の棺桶

 

・息荒く階段上る春日かな

『マハーヴァギナまたは巫山(ふざん)の夢』
の原稿を担当編集者に渡すとき、
棺桶のような本を作って欲しいと頼みました。
いま生きて原稿を書いている人の本も
読むことは読みますが、
多くは鬼籍に入られた人の本です。
そうすると、
本は、
薄手のものから厚手のものまで、
棺桶の箱に見えてきます。
そういう見え方も、
一つの想念かもしれません。
子どものころから夢を多く見、
覚めているときも、
一つのものをじっと見ていると、
変な気がしてきて、
それを面白く感じていたわけでも
ないと思いますが、
なんとなくそのままじっと見ていた。
なにか
ほかのものが出てきたり、
ほかのものに変わってしまう、
とでも思っていたのでしょうか。
昔のことでよく分かりません。
何を見ていたのか、
今となっては分かりませんが、
そんな時、
亡くなった祖母に叱られました。
気が違うとでも思ったのでしょうか。
拙著を読んでくださった方の感想に、
「想念」という言葉がよく使われており、
それは、
こしらえものの小説を超え、
わたしのありようなのかなと思ったり。
二月三日の神奈川新聞に、
書評が掲載されました。
コチラです。
想念に身を委ねて…。

・今日だけは気掛かりも無し春の空  野衾

朝三時

 

・まだ早い春を床しく待つエロス

休日、
とくに出かける用事のない日は、
だいたい朝から晩まで本を読んでいます。
風呂には、二~三回浸かります。
気分転換に音楽のCDをかけたり。
午前中はリパッティ。
午後は、
ベッシー・スミスにソニー・スティット、
リー・コニッツ、ブライアン・イーノなど。
コーヒーを淹れたり。
モカマタリとイリーの自家製ブレンド。
ミルで豆を挽くとき、
豆が飛び出さぬように、
二枚重ねのティッシュを一つまみ取り出し真ん中で破り、
レバーの上から被せます。
こうすると、
豆が飛び出そうとしても、
ティッシュにぶつかり、
外へ飛び出すことがほとんどありません。
弟に教わりました。
きのうは、
午前中新聞を買いにコンビニまで行きましたが、
それからはずっと家の中。
本を読み、
読み続けて疲れ、
どこが疲れるのかよく分かりませんが、
ともかくどこかが疲れるらしく、
頭に内容が入ってこなくなるので、
ふだんよりも早く床に就き、
したがって、
今朝は三時に起きました。
だんだん温かくなります。
もうすぐ春。

・言われればそんな気もする春の空  野衾

今日から二月

 

・階段を上り下りして二月かな

三日は節分。
鬼は外、福は内。
東京都北区赤羽の出版社に勤めていたころ、
節分の日に、
ビルの屋上から、
「赤羽の皆さま~。きょうは節分ですよ~。
さあ皆さまご唱和くださ~い。鬼は~そと、福は~うち」
なんてことをやったことがあります。
社長の指示でした。
そういうことの好きな社長で、
劇団にいたわたしが、
そういうことが嫌いでない
ことを見抜いていたのでしょう。
清野とおるさんが、
あの時あの光景を目にしていたら、
漫画にしていたかもしれないと思うと、
ちょっと残念な気もします。

・階段を途中休みて固まれり  野衾