恵方巻き

 

・秋の山銀色カモシカ耳立てり

埼玉県新座市にある女子大学へ行ってきました。
神奈川から
東京を越えて行くことになりますから、
それなりに時間がかかります。
朝の湘南新宿ラインは
通勤客でごった返しています。
わたしは保土ヶ谷駅から電車に乗りましたが、
横浜駅で多少乗降客の入れ替えが起きた隙をねらい、
ドアとシートの角のスペースを確保し、
ホッと溜息をついて、
学生たちに紹介する本のページを
もう一度繰りました。
電車が西大井に着きました。
ホームには乗車する客が列を成しています。
ドアが開き、
一人降り、
また一人降り。
と、
わたしの右横に居た客が降りたい顔をしています。
わたしがどうも邪魔をしているようなのです。
わたしは、
確保した自分の居場所を離れ、
彼が降りやすいように道をつくってあげました。
したら、
彼は、降りたそうな顔をしたのに、
降りませんでした。
え!?
降りるんじゃなかったのかよ。
そ、そんな。
あれは、絶対降りる顔だったよ。
降りねーのかよ。
なんだ。
だったらそう言えよ。
気づいたときにはすでに遅し。
わたしは、
恵方巻きの具のように、
なだれ込む客にぐるぐる巻かれ、
大混雑のど真ん中に追いやられたのでした。
手荷物をギュッと握り締め、
キッと顔を上げて
降りたそうにしていた件(くだん)の男を探しました。
ニヤリと笑った男の鼻穴から、
雑草のように
黒い毛が食み出していました。

・綱ゆらりロープウェイの秋深し  野衾