Archives : 10月, 2012

地下帝国

 

・秋扇ダンベル穴に斜め挿し

こんな夢を見ました。
数名で日本のどこかを旅していたのですが、
わたしだけ、
はぐれてしまい、
早く戻らなければと焦れば焦るほど、
どんどん深みにはまり、
そのうち、
はぐれてしまったことまで忘れてしまい、
市場では、
今度のホームパーティーで供する
料理の材料を物色したりなどしています。
そのとき、
ハッと思い出しました。
(わたしはみんなからはぐれてしまったのだ。
あれから、ほぼ一昼夜が過ぎてしまった)
ケータイを見ると、
アンテナが一本も立っていません。
電波のひどく悪いところのようです。
電池もそれほど残っていません。
市場の魚介コーナーでは、
見たことのない大きな魚が
巨大な発泡スチロールのなかでジャンプし、
紅い目をぎろりと回しましたが、
客はそれを見ても驚きもしません。
少し鮫にも似ているようですが、
ゴブリンシャークみたいで、
なんだかとっても不気味。
そもそも市場の客が、
だれもかれも少しヘンなのです。
どこがヘンなのかうまく言えませんが、
へんなことは確かです。
(そうか。
ここはひょっとしたら地下帝国なんだ。
前に読んだ本に、
たしかこんな印象のがあったぞ!)
地上へ出る口も分からず、
途方にくれ、
あきらめかけたころ、
ひょいと向こうを見たら、
ひかりなちゃんのママの姿が眼に入りました。
(あっ!)
ママもわたしを見つけたようでしたが、
さっと横に姿が消えました。
だれかを呼びに行ったようです。
間もなく、
ひかりちゃんとりなちゃんが現れました。
りなちゃんが
一冊の本を持って
わたしのほうへ駆けてきます。
(ああよかった!)
わたしは、
顔の髭がずいぶん伸びたことに気がつきました。
みんなからはぐれ、
地下の帝国に入ってから、
髭の伸びが地上とまったく違うのです。
「みうらちゃん!」
りなちゃんでした。
手に持っているのは、
アウシュビッツに関する本です。
前に貸してあげたのです。
何回も読んだようです。
今度、別の本を貸してあげようと思いました。
はぐれてしまったことを忘れ、
買い物のことも
頭から飛んでいましたが、
愉快な気分になってきました。

・紅葉狩おむすび持つて高尾山  野衾

塩辛食べた~い

 

・秋扇無聊紛らす尻尾かな

波座(なぐら)物産の気仙沼工場が再建され、
好物「昔ながらの濃厚熟成塩辛」が待たれるところですが、
十二月発売だそうですから、
少し時間があり、
そうなると、
「昔ながら~」とはちがいますが、
函館工場でつくった塩辛が、
有楽町駅から徒歩一分のところにある
交通会館内「北海道どさんこプラザ」でも買えるというので、
先日、
東京へ出た折に訪ねてきました。
かんかんに冷凍された「生造り塩辛」を二個買い、
一個はひかりなちゃん宅へ。
後日尋ねたところ、
ひかりちゃん、りなちゃん、
パパとママも大満足だったようです。
我が家でも二日でなくなりました。
塩分取りすぎでしょう。

・新蕎麦を告げし女将の華やげり  野衾

アウトレット

 

・踏み入りて夢の国へと草紅葉

近所のまるちゃん(ひかりちゃん、りなちゃんのママ)
の車に乗せてもらい、
家人と三人で、
三井アウトレットへ行ってきました。
南部市場の近くにあります。
南部市場まつりへも行きたかったのですが、
人が多く、
駐車場もいっぱいでやむなく断念。
アウトレットでは、
いい品物が安く手に入ります。
山歩きのジャケットなどを買いました。
まるちゃんと家人が女性物を見て回っている間、
中庭のベンチに座ってしばらく休んでいました。
子どものころ、
まだ父が自家用車を持っていない時代、
父と母と弟と四人で、
あのころはまだ井川さくら駅がなく、
バスで羽後飯塚駅まで行き、
それから汽車に乗り秋田駅まで行ったものですが、
当時のことをつらつらと思い出しました。
「日曜日、秋田へ行く」ことが、
何にも増して楽しみでした。
弟もきっとそうだったでしょう。
父も母もかもしれません。
「秋田の三越」ともいわれたらしい木内デパートは
今もありますが、
一昨年、
秋田駅から県立図書館まで歩いたときに
ひょいと覗いてみたら、
昔日の面影はなく、
寂しい気がしました。
かつて、
「秋田で買い物」は
木内デパートと決まっていましたが、
父も母も、
自分のものはほとんど買わず、
わたしと弟のものを買い、
それから食堂で食事をし、
(食事をしてから買い物、の場合もあったでしょうか)
デパートの屋上にある遊園地で遊んだものでした。
祖父も祖母もまだ元気でした。
思い出すだけで目頭が熱くなります。
あれからずいぶんと時間がたってしまいました。
まるちゃんと家人が戻ってきました。

写真は、イシバシ提供。
「信州のりんご」

・泣きたいよ笑いたいよな秋の空  野衾

心情の間歇

 

・秋澄むや山に行きたき心地して

二十八年ぶりの『失われた時を求めて』ですが、
六巻目に入りました。
二十八年前は
新潮社から出ていた共訳のもので読み、
それは、
大学でフランス文学をやってきた
会社の同僚に譲りました
(もう読むことはないだろうと、その時点では思いましたから)
ので、
今回はちくま文庫の井上究一郎訳で読んでいます。
二十八年前も、
それなりに生きていたとは思いますが、
今から思えば洟垂らしで、
立ち止まることなく、
ただがむしゃらに走っていた気もします。
本を再読すると、
自分のおくってきた人生と、
作品を通して作者の人生に目が行きます。
たんに歳をとっただけかもしれません。
『失われた時を求めて』が
実は『心情の間歇』だったと、
初めて知りました。
かつて九州を車で旅したとき、
別府温泉でだったと記憶していますが、
一定の間隔を置いて噴き出す間歇泉
に目を瞠ったことを思い出します。
痛みや温かさを伴って、
記憶は時に噴き出します。
手の届かぬ高さまで。
ああ、
なつかしい人に、
愛した人に、
この世では二度と会えないと。
亡くなった人はもちろん、
生きていても、
目にするのと会うのとでは違います。
それを何度か繰り返すうちに、
噴出の高さが低くなる。
時が癒してくれると下世話にもいいます。
なぜそうなるのか。
失われた時を求めて。
プルーストがぐっと身近になりました。

写真は、まるちゃん提供。

・コーヒーの湯気も粒立つ秋の朝  野衾

スマートフォン

 

・朝起きて水一杯の冷ややかに

電車のなかでも外を歩いているときも、
スマートフォンの画面を指で撫でている人の姿を
このごろよく見かけます。
指でちゃちゃっと触っている。
ちゃちゃっと。
わたしは持っていないので分かりませんが、
便利なんでしょうね相当。
うちの社員も言っていました。
スマホをつかわなかった時期があったなんて信じられない。
桜木町駅下車、
遠藤の青汁を買い、
地下をくぐってエスカレーターで地上へ。
秋晴れのいい天気。
リュックを背負い高下駄のような靴を履き、
ミニスカートで歩いている若い女子発見。
ずっと下を向いたまま
スマホを弄りながらぽっくりぽっくり。
同じ方向。
危ない。
ああ、いけないいけない。
直感。
言語に非ずして。
前を歩く女子、
なんだかもったいない気がしました。
どうせ触れるなら、
水や土や火や風や肉に触れなさい。
秋晴れも。
馬肥ゆる秋。
少しなら、
ちょっぴり火傷もいいではいか。
このあいだ、
湯気で右手の指四本火傷しました。
もう治りましたけど。
知人の会社では、
たかだか二十人ほどなのに、
それぞれパーテーションで仕切られていて、
社内の会話はすべてメールで行うのだそうです。
馬鹿゛けと思いました。

・遮断機のゼブラ身に入む別れかな  野衾

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三浦衛(みうら・まもる) 春風社代表にして自慢大王&悪ノリ大王。体調のいいときは自らを天才と称し、不調の折はちりあくたにも劣るヤツとしょんぼり。

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三浦衛の本


『カメレオン』
 三人ときどき声にならぬ声を洩らし/とろけ とろけ 唾までとばし/クヂるとナメるとネヂるとチョす…(「鳶」) 自在に色を変え、不意に突き刺さる、軽妙なことばの戯れ。秋田方言満載の詩集。本文は金属活字による活版印刷。


『マハーヴァギナまたは巫山の夢』
 三平佐世夫は、千一夜の夢うつつで女と戯れ、印度に旅し、睾丸を抜かれ、鰐を飼い、横浜を彷徨う。言語の崖っぷちを綱渡りする、めくるめく冒険。本文活版印刷に美麗造本を施した平成の大奇書。


『父のふるさと』
 父の目に映じた故郷の風土、ひと、くらし、農事を、愛惜をこめ描きだす。本文は金属活字による活版印刷。「身と蓋函」に納める。


『出版は風まかせ』
 横浜の出版社「春風社」社長が本づくりと会社経営にまつわるエピソードを豊富におりまぜ、創業から10年を振り返る。