めんどうくさい

 

・稲刈りを告ぐる八十一の父

イシバシと電車に乗ってトコトコと、
東洋英和女学院大学まで行ってきました。
JR横浜線十日市場駅下車(の予定)。
大学ちかくの停留所へバスで向かうのがふつうですが、
電車内でしゃべくっているうちに、
三駅乗り過ごし、
また戻ったりしているうちに時が過ぎ、
バスで向かうにはギリギリなので、
タクシーを駆って大学へ。
そうしたら、
今度は約束の時刻より
十五分ほど早く着きすぎて、
ふたり、
大学構内のベンチに座りました。
緑が多く、
自然にめぐまれているせいか、
けっこう蚊がいます。
機敏なわたしは、
あっという間に三匹殺しました。
血なんか吸わせません。
ふと見ると、
ベンチに腰掛けているイシバシの、
左足首に蚊が張り付いています。
間髪いれずに、
イシバシの足であることも忘れ、
バシッと、
イシバシなだけにバシッと、
はたいて潰しました。
そうとう血を吸ったらしく、
肌色のストッキングに
半径五ミリほどの真紅のシミができています。
イシバシ、
もぞもぞと動き出し、
ティッシュに唾をつけたりして、
身を屈め、
血と蚊を拭き取っています。
呆れたわたしは「あなた、痒くないの?」
「痒いなあと思った…」とイシバシ。
「痒いなあと思ったって。だったら潰せばいいじゃない」
「めんどうくさい」
「は?」
「めんどうくさい」
「何が?」
「蚊を潰すのが」
「だって痒いでしょ」
「痒い」
会話はそれ以上発展しませんでした。
そろそろ約束の時刻になったので、
正面玄関へ向かいました。

・水溜まりに秋の空がうつっている  野衾