人間ポンプ

 

・台風過季節を忘る夜明けかな

野毛の大道芸に詳しい方から聞いた話。
人間ポンプという芸があり、
いろんなものを飲み込んで、
胃まで落としてそれからカッと吐き出す。
白と黒の碁石を飲み込み、
客の要望に応え、
お望みの色の碁石をカッ。
なぜそれができるかといえば、
白と黒では、
微妙に温度差があり、
それを喉で感知するそうです。
ほんとかな。
さて驚いたのは、
人間ポンプのその方、
あるとき、蛇を飲み込んだ。
胃袋に落とされた蛇は胃液にまみれ七転八倒。
体がだんだん溶けていく。
このままでは大変と蛇君たまらず胃壁に噛み付いた。
今度は人間ポンプがギャーと喚いた。
蛇君と人間ポンプの壮絶なバトル。
果たしていかなることになったのか。
人間ポンプはすぐに医者に運ばれ、
緊急手術で腹を割き、
胃の中から蛇君を取り出したそうです。
というわけで、
バトルの結果は蛇君の勝ち。
いや、
蛇君の体も半分ほど溶けていたから引き分けか。
いずれにしても、
想像するだに胃が痛くなるお話でした。

写真は、なるちゃん提供。

・アーアーアー嵐去ったと烏告ぐ  野衾

ちあきなおみ

 

・振り向かずサッと手を挙ぐ五月闇

昼、
行きつけの食堂で新聞を開いたら、
ちあきなおみのCDの広告がでていました。
復刻版です。
また、
ちょうどきのうのこと、
新聞広告とは別のちあきなおみのCDの案内が
アマゾンからメールで届きました。
彼女が歌をやめてから今年で二十年になるはずです。
それでも、
かけがえのない彼女の歌を聴きたくて、
むかしの音源に耳を傾け、
こころを寄せている人がそれだけ多いということでしょう。
わたしもその一人です。
洟垂らしの頃は、
彼女の歌のよさが分かりませんでした。
それがこのごろはよく聴いています。
彼女の歌、声を聴いていると、
胸にたまったしこりが次第に融けていくようです。
やがて、
からだの芯がほっこりしてきて、
われ知らず目頭が熱くなっていることに気づきます。
息が深くなり、
いろいろいろいろあるけど、
憂さの捨てどころなどどこにもないけど、
人に言われるまでもなく、
生きているあいだ、
生きているあいだは、
ほんとうにがんばらねばという気になります。
歌で癒される、
歌でしか癒されない
こころの領域がたしかにあるようです。
「ちあきなおみさん歌って国民運動」を
おごさねばだめだなと、
石巻出身のカメラマン橋本照嵩さんと
涙ながらに気勢をあげた夜でした。

・紅とんぼ聴きて慰む夜もある  野衾

下北沢

 

・六月の雨の隙間に活動す

用事があって、
下北沢まで行ってきました。
大事な会議を終え、
仙台からいらした先生といっしょに
駅に向かいましたが、
方向音痴のわたしは、
どっちがどっちなのかさっぱり分かりません。
かろうじて、
走る電車の姿が見えましたから、
おおむね間違ってはいないようでした。
道端にたたずんでいる
華やぐ若い女性に駅への道を尋ねたところ、
二人顔を見合わせ、
うんともすんともさあとも言いません。
こりゃ駄目だとあきらめお礼を言い、
少し歩いて今度は初老の、
夫婦と思われる二人連れの男性に声をかけました。
すると、
一瞬キョトンとされ、
「下北沢で下北沢の駅を訊かれて驚いた」。
ここは、
若者がぶらぶら楽しみながら歩く街なのか、
用事を済ませまっすぐ帰る人は少ないのかもしれません。
わたしも先生も、
少々浮いているような気がしました。
道を教えてくれた男性の指示通り歩き、
ほどなく下北沢の駅まで無事にたどり着きました。

・会議終へすっきりかんの麦茶かな  野衾

茶話

 

・六月の雨の恋しきときもあり

薄田泣菫(すすきだ きゅうきん)の『茶話』は、
短い面白い話がいろいろあり、
細切れの時間に数話読むには最適で、
わたしは、朝、
コーヒーを淹れるあいだの三個の短い時間に読んでいます。
取り上げられているエピソードの面白さはもちろん、
比喩がとっても面白い。
たとえば、
大正六年七月十八日「筍(たけのこ)問答」という文章があります。
摂津の蘆屋に住む老夫婦のことが取り上げられています。
お婆さんが病床につき、
もうあきまへんと弱音を吐く。
それを聞いたお爺さん、
「水洟(みづはな)と一緒くたに涙を啜(すす)り込むだ」のですが、
「涙も水洟も目高(めだか)の泳いでゐる
淡水(まみず)のように味が無かった。」と文章が続きます。
淡水のように味が無かったで十分だと思うのですが、
目高の泳いでゐる淡水のように、
というところが面白い。
まったくもって味が無いことが強調されています。
前に読んだところで、
「葱(ねぎ)のように寒い歯茎(はぐき)」
という比喩が出てきて笑ってしまいました。
泣菫先生、悠々伸び伸び、
たのしんで書いていたのでしょう。

・ピンク地のカーテンより光り洩れ  野衾

蘆花日記

 

・雨抱え泣きたいような梅雨の空

英文学者の中野好夫さんが大好きで、
本人の書くものだけでなく、
中野さんが翻訳したものや監修したものまで
次つぎに買い込み、
読めるものは読み、
かなわぬものは棚に積んできましたが、
このごろ棚から下ろして読みすすめているものに、
徳冨蘆花の日記があります。
監修が中野好夫、横山春一となっています。
ただいま三巻目で、大正五年九月の項。
作家の日記というものは、
よく言われるように、
いつか活字になるかもしれないと思いながら書かれる、
ということがあるようですが、
蘆花の日記の場合、
それは本当になかっただろうと思われます。
なぜなら、
作家の性的関心、欲望、閨房の語らいなど、
赤裸々というのはこういうことかと
呆れるぐらいの記述が連なっているからです。
むかし国鉄のトイレで見たような、
へたくそな記号まで添えながら。
きのう読んだところには、
女房を押し倒していたしたら、
女房が右の足だか左の足だかを上げてするのは、
犬みたいでいやだと言ったけれど、
欲望に駆られるままにいたした、
などということが、
惜しげもなく書かれていました。
夕食後、
その箇所に遭遇し思わず吹き出してしまいました。
ちょうど家人が食器を洗いに台所に行っていたので、
また、
船村徹作品集のCDがかかっていましたから、
わたしの爆笑は、
トイレでオナラの臭いがまぎれるように、
音にまぎれて台所までは届かなかったようでした。
昼の嫌なことも、
この日記のおかげで、
かなりのところまでまぎれてしまいます。

・真空に影ひびきの心地せり  野衾

アパート

 

・早すぎてなりも小さき夏の虫

会社の行き帰りに通る階段横に、
二階建てのあばら家があり、
周りは草ぼうぼう、
朽ちていくのを待つばかり、
みたいな状態で数年、
あるいはもっと、
だれも住まぬまま放置されていました。
ところが昨年だったか、
今年に入ってからだったか、
記憶が定かではありませんが、
大掛かりな改築工事が施され、
不動産会社の看板が貼られなどしているうちに、
一人住み、二人住み、
とうとう全室が埋まりました。
会社帰りに階段を通るとき、
明かりが漏れているから分かります。
全室といっても一階が二部屋、二階が二部屋、計四室です。
中に入ったことがないので分かりませんが、
ひょっとしたら中で仕切られていて、
一人分が二部屋かもしれません。
それはともかく、
一階の右手の部屋の窓には、
かわいいピンクのカーテンが下がっています。
若い女性でも住んでいるのでしょうか。
気になるのはカーテンの丈。
少し短いのです。

・六月の雨に音あり色もあり  野衾

紙にできること

 

・曇り空夏の記憶の痛さかな

トークイベント「よこはま 本への旅」第九回のお知らせです。
今回は「紙にできること」と題し、
王子製紙株式会社
新事業・新製品開発センターマネージャーの
鈴木貴さんをゲストにお招きし、
紙についていろいろお話をうかがいます。
わたしたちは、
さまざまな場面で紙の世話になっています。
本も紙で作られていますが、
それよりも、
ティシュペーパー、トイレットロール、
キッチンタオル、ウエットティシュなど、
一年三六五日、
紙に触れない日はありません。
先日、打ち合わせに行ってきましたが、
貧しい国が貧しい国のままでいることを前提にした経済
ではいけないという鈴木さんのお話に感動しました。
イベント当日は、
先着四〇名様にかぎり洩れなく、
王子製紙の見本帖をプレゼントいたします。
ふるってご参加ください。
詳しくは、コチラをどうぞ。

●日時 6月29日20時~
●場所 春風社
●参加費 千円

・民謡を聴きて慰む夕べかな  野衾